坂の上の「ホテルみなと」へ通じる四つ角、眩しい山吹色で塗りたくられた建物が両脇にそびえている。片方はクラブ、もう片方はバー。こんな小さな街にどれだけ飲み屋があるのだろう。
一応沖縄でも日本らしく富士山のてっぺんに日米両国旗が掲げられたイラストが特徴的な「富士バー」。反米極左プロ市民が見たら火病を起こしそうなデザインですが(笑)金武町民は本心ではどうだか知らんが何だかんだ言って米軍と仲良く共存している。ここは沖縄料理屋も兼業していて昼間から店を開けている。
そこからずずーっと西側の路地を歩いて行く。このへんから街並みに寂れ感が強まってくる。壁一面に車輪のオブジェが掲げられた「ゴールドホール」だけが目立っている。ここは天然の鍾乳洞を改装してカフェにしているという随分壮大でけったいな店。なんで夜来なかったんだ。
年代物の「クラブルック」の遺構。ネオン看板や壁画もそのままに一般住居として余生を過ごしている。ウルトラダイナミックサウンドが売り物だったらしいです。なんてアナログ感が強烈なんだろう。
華やかさの名残りも留めていないかつてのクラブの入口は、軽トラの車庫になってました。
この付近の店はおしなべて場末感が強い。こちらのクラブは珍しく日本語表記である。
ゴールドホールから西側にある店舗は殆ど廃業してしまっている。やはり街の過疎化が進んでいるのだろうか。
穴あきブロックを多用したクラブの遺構と思われる建物。看板すら見当たらず玄関ポストも錆び付くに任せてある。もはや廃墟である。
そこから路地は湾曲して下り坂となり、一本北側の通りと交差する。ここまで来ると一般住居ばかり。盛り場の風情はない。
坂の途中にある造園業者?の建物の前がやたら気になる。巨大なタイヤのオブジェがドドーン。何のタイヤなんですかこれ。
坂を下りきるとそこは金武町新開地の外れ、場末もいいところだ。残された建物の荒廃っぷりがいよいよ鮮明になってくる。
そこにあるは一軒のホテル。沖縄なのになぜか「ホテル東京」と名付けられた、見るからに古そうなホテル。外壁の塗装もボロボロ。金武町新開地には米兵とフィリピーナのカップルなんぞが連れ込み宿として使っていたホテルが何軒かあったようだが、時代に見合わなくなってしまい続々廃業している。
このホテルもどう見ても廃墟同然だが、営業しているかどうかは未確認。ちなみに「コザに抱かれて眠りたい」著者のレポートによると一泊2500円で泊まれたとある。
沖縄における米軍基地の門前町の典型である金武町新開地の街並みを比較的がっつり見て回れて満足した訳だが、今度は一泊くらいして夜の街並みを眺めたいものである。それまでに「ホテル東京」が現役だったらいいのだが。