富士山麓の街「富士吉田」月江寺界隈の街並みが激しく昭和過ぎて悶絶した

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リアル富士山をバックにお買い物、本町商店街

車通りが多い国道沿いの商店街は「ほんちょう2丁目商店街・3丁目商栄会」。まとめて本町商店街とも呼ぶそうだが、やはり他の商店街と同様に寂れている。ここでも国道の背後に見事な富士山を望む事が出来る。

商店街の外灯にもこの通り富士山をあしらったデザインが施されている徹底ぶり。そりゃこんなに富士山が綺麗に見える場所なら富士山以外にトレードマークは考えられんわな。

ほんちょう2丁目商店街あたりは所謂「看板建築」が多い。トタン葺きの店舗建物は和洋折衷を意識した造り。昭和レトロというかむしろ昭和初期の街並みという感じであります。

歩道部分には簡易なテント屋根ながらアーケードもあるので雨に濡れずにお買い物できます、といった所だが寂れまくりで肝心の買い物客がいないという…こちらも昔ながらの店舗がずらりと並んでおります。

カメラ屋、時計屋と業種毎に個人商店群が集まる。これらも昭和臭全開な店構えがそのまま残る。あまつさえカメラ屋は廃業していて看板が一部剥落しとります。

役目を終えて固く閉ざされたタバコ屋のカウンターと思われる建物の遺構。こういう残骸があっちこっちに見られるのが富士吉田という街。

一言で地方の寂れたシャッター街と言ってしまえば話が早いが取り壊されて駐車場だらけの虫食い土地にならなかったのは中心市街地自体が移転して不動産需要がてんで沸かなくなったからだろう。

しかしそんな場所に何故か残るコンドームの自販機は現役稼働中でございます。街に人がいる限り明るい家族計画は大事ですからね。

どんな業種の店も寂れて潰れるけどさすが地元の中学高校制服指定店はどんなに買い物客が来なくとも学校が制服辞めない限りは食い扶持無くさないからかして現役でバリバリ店を開けていらっしゃいます。学生のマネキンが店先に立つ。

ここもまたハイセンスなモダン商店建築。和菓子屋やら割烹やらの店舗が一つの建物に同居している。それも殆ど廃墟同然になっているのだが…二階部分にはうっすら「出張所」と書かれている跡が見えるのだ。昔から色んな店が入ったり抜けたりを繰り返してきたのだろう。

軒先に残る等間隔に並んだ丸い外灯。今は亡き東京洲崎パラダイスの赤線建築を彷彿とさせる造り。やっぱり東京に近いだけあって建物の特徴もどこか似ている。

すっかり閑古鳥が鳴く中心商店街の一角に古いデパート風店舗がぽつりと一軒。地元の衣料品店「まるさくたなべ」。かつて織物産業でも栄えた街の名残か。この店だけは未だに地元民の来客が多いようで駐車場には沢山車が止まっている。

国道から一歩中に入った細い路地。ここにも古ぼけた木造家屋とスナック店舗の残骸が見られる。壁に書けられた看板には「民謡酒場 浮草」とある。月江寺大門商店街のすぐ裏側。

スナックの成れの果てと思しき店舗の玄関は板の切れ端で×型にバリケードが組まれていた。くすんで中が見えないガラス戸には仲睦まじい猫のカップルのイラストが描かれたステッカーが。哀愁漂いますね。

そんな煤けた路地裏に看板を掲げる一軒の宿。英語表記で富士吉田ユースホステルとある。こんなややこしい路地裏にあるユースホステルも珍しいような気がしないでもない。玄関先に観光案内の掲示板が丁寧に用意されていてこの建物が昭和11(1936)年築の元割烹旅館である事を知る。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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