話題のオスプレイも丸見え!普天間基地が見渡せる「嘉数高台公園」へ行こう 

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沖縄県 宜野湾市

公園内の高台のてっぺんに地球儀を模した展望台があり、そこから周囲の風景を眺める事が出来る。遠目に普天間飛行場の滑走路を誰の目にも見る事が出来る貴重な場所なのだ。

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展望台は丸い地球儀のデザインだが、沖縄本島だけは強調して書かれている為か実際の縮尺に合わずかなり巨大化してしまっている。

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展望台へ登る螺旋階段を上がっていくと、何者かが手すりに括りつけた大量の黄色い紐などが見られる。その意図は平和の希求なのかそれともプロ市民の自己顕示なのか不明。

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さすが高台というだけあって展望台からの景色は物凄く開けている。

終戦後の頃は普天間飛行場の周囲は殆ど農村でしかなかった訳だが、その後の沖縄都市圏の拡大で普天間飛行場の周囲はおおよそ都市化してしまい、現在の宜野湾市はその市域の中心を米軍基地がありその周囲にドーナツ状に市街地が形成されているという形になっている。

どうも普天間飛行場の話になると、勝手に米軍が居座り続けて庶民の平和が脅かされているから出て行けという単純な論調が目立つし地元紙もそのようにミスリードしているが、実際には街は基地関連の経済や雇用に依存していて基地の周りに人が集まりだして都市化した、と言った方が正しい。

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そして遠巻きにではあるが市街地のど真ん中にいる米軍基地の現状が生々しく見渡せるのが嘉数高台公園最大の見所。頻繁に離着陸を行う軍用機が放つ騒音が酷いと聞いていたが、たまたまタイミング的に悪かったのかそうした飛行機の姿は見かけなかった。

普天間飛行場と嘉数高台公園の間に悪名高い社交街を擁する真栄原地区が存在している。高台の上から見えるマンションの名前も「ベースサイド真栄原」(笑)米軍基地を本当に疎ましく思っているならこんな名前をマンションには付けないよな。

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普天間基地にオスプレイが常駐するようになってからは、この公園の展望台からも遠目に話題のオスプレイを拝む事ができる。

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反対側に目をやれば浦添市側にある浦添城跡霊園や琉球王国の墳墓「浦添ようどれ」などがある高台も見える。本土の人間から見ると山肌にびっしり巨大な墓が建ち並ぶのはかなり異様な光景だ。

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展望台にも宜野湾市による普天間飛行場の詳細を記した案内板が置かれていて、基地返還に関する世論は常に熱い事を伺わせる。普天間飛行場はアメリカ海兵隊の基地である。海軍ではなく海兵隊。

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今でも嘉数高台公園は地元沖縄の学校や反戦団体などによる平和教育の場として使われている。共産党あたりは「世界一危険な基地」などと煽るし実際に近所のマンションに軍用ヘリが墜落する事故もあったり、米兵による婦女暴行事件などが起きる度に普天間飛行場へ抗議が向けられるし、地元新聞もここぞとばかりに反米世論を煽る。

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普天間飛行場の県外移設云々に関して現政権がグダグダの展開を見せたりもした訳だが結局元通り辺野古移設の流れになるのか、具体的には全く何も動いていない。

ただ普天間飛行場も実は表にはあまり知られていないが、敷地の9割以上が個人の所有地で約3000人いると言われる地権者の多くは毎年入る賃借料収入で美味しい思いもしているし、米軍基地がもたらす雇用や経済効果といったプラスの作用は殊の外大きい。

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しかしこれだけ住宅密集地な中に基地がドーンとあるというのも、現地に来てみて確かに実感できる事の一つでもある。普天間基地の辺野古移設に向けた動きはようやく進んだばかりだ。

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高台のてっぺんには展望台の他、熾烈な沖縄戦で命を落とした兵の慰霊塔が数多く置かれている。京都の塔、嘉数の塔、青丘の塔などと案内板にあるが、激しい銃痕と破壊の痕跡が見られるトーチカの残骸などもあってかなり生々しい。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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