東北新幹線が通って東京から近くなった本州最北端の大都会「青森駅」の周辺を観光する

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青森駅を降りてそのまま線路沿いに海に向けて歩くと、有名な青函連絡船「八甲田丸」が係留されている青森港の岸壁が見えてくる。

青森駅側から来ると、八甲田丸より手前に車両搬入口の可動橋が現れる。この辺の景色は現役だった頃とほぼ変わらないようだ。

八甲田丸は船体をそのままにメモリアルシップとして博物館化している。東京・お台場の船の科学館附属展示となっている羊蹄丸と同じような余生を過ごしている訳だが、こっちは羊蹄丸のように船の中が昭和30年代の青森駅にタイムスリップしていたりすることはなく、淡々と往年の姿を留めている。

八甲田丸の正面に津軽海峡冬景色歌謡碑。青森の街や青函連絡船を知らなくともこの歌だけは一定年代以上の日本人の脳味噌にインプットされてしまっている程の国民的歌謡の一つ。もちろん、ボタンを押すと歌が流れる仕組みはお約束どおり。

八甲田丸の向かいに廃列車を使った休憩所が置かれているのだが、ここが見るも無残に荒れ放題になっているのだ。

表にはこういう看板も建っているので、一応誰が見てもこの廃列車が休憩所になっているんだという事くらいは理解出来る。

だが近づいてみると、車体の塗装はボロボロに剥がれ落ちて錆び放題、見るからに放置されている痛々しい状況を目の当たりに出来る。こりゃちょっと現役を引退した電車の余生としては可哀想過ぎるよな。

なんでも、車体へのいたずらが激しいのと、ホームレスが居座る状況が続いたという事でさっさと閉鎖してしまったというのだ。ヤンキーくらいなら居るだろうが、まさか青森にホームレスなんか居るのかと思ってしまうのだが、見た目には分からんものだ。

列車休憩所の脇はプラットホーム風な屋根付きの遊歩道になっていて、使いもしないのになんだか無駄に凝っている。

反対側に回ると青森駅から伸びる引き込み線。津軽海峡どん詰まりの青森駅から折り返す電車が頻繁に進入してくる。場所柄だけあってやっぱり鉄ちゃんが多い。

列車休憩所の先端までやってきた。当方鉄ヲタではないので詳しくは突っ込まないが、この列車休憩所はキハ27型という1961~68年に掛けて製造された国鉄時代全開の車両だった。

列車休憩所の先にもぽつんと残されている貨物列車の車体。「盛4493」とある。

そのまま青森駅の引き込み線に沿って歩くと、線路は岸壁の寸前で途切れ、まさに最果ての地にやってきたかのような錯覚に陥る。青森駅は陸奥湾の最も南側に位置しているので、大間崎や竜飛岬に比べればはるかに南にあるはずだが…

もうその先は海しか存在しない。これが冬場であればリアル津軽海峡冬景色になるのだが、さすがに5月ともなると暖かい。

岸壁からはちょうどいいアングルで青森市街地が一望出来る。三角形の妙な建物、「青森県観光物産館アスパム」と、傍目にはよく分からん場所に架けられているが、東西に跨る青森港のアクセス道路として約270億円もの工費を掛けて作られた「青森ベイブリッジ」の二つが街のランドマーク的存在となっている。

江戸時代に弘前藩が港を開いてから第二の都市として栄えた青森は廃藩置県のあった明治初期に県庁を弘前から移し、現在の県庁所在地としての青森市となっている。

これから少し、この街を一巡してみよう。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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