都市計画道路に分断された昔の那覇の盛り場「桜坂社交街」を歩く

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スナック街の中心にでかいコインパーキングが出来てしまい、いよいよ雲行きが怪しい感じがしなくもない界隈だが、そんな桜坂社交街の奥の路地裏へ足を伸ばしてみる。

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不自然に鉄パイプで足場が組まれた建物の一角には何故か左半分だけの顔になった北野武の顔がデデーンと掲げられた「血と骨」の映画看板が…

桜坂には映画館が何軒もあった名残りで、社交街のあちこちに映画看板を置いた職人がいたらしい。それにしても映画は星の数程あるのになぜ「血と骨」なのか、そのチョイスが素敵。

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手前は味気ないコインパーキングとなっているが路地の奥はさらに上り坂となっていてスナックが入居する古い家屋が連なっている。これは気になる。

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既に営業を辞めてしまった古いスナックの残骸が琉球様式の家屋の1階に玄関口を見せていた。サロン縁むすび。なんだか意味深なネーミングだ。かつてこの路地の奥でも夜の街に蠢く男女の甘くてほろ苦いドラマが展開されていたのかと勝手に妄想。

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既に縁結びもへったくれもない淋しげな路地が社交街の奥に続いていた。もはや野良猫くらいしか通らんだろここ。その雰囲気からも現役当時にはもしかするとソッチ系の店があったのかなと想像するに充分な怪しさがある。突き当たりの飲み屋の壁の足元には「石敢當」の文字が刻まれていた。

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石敢當の魔除けを突き当たりの壁に掲げておくと「マジムン」と呼ばれる悪霊は間抜けな事に直進しか出来ず石敢當にぶち当たって砕け散ると言い伝えられている。T字路や三叉路には殆ど必ず「石敢當」がある。しかし何度も角を曲がるややこしい路地裏には悪霊すら立ち寄らないだろこれは。

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意味深な路地裏は何度も曲がりながらもしっかり裏道としての機能を果たしている。そのままオリオン通りのあたりに抜ける事が出来るのだ。狭い路地には琉球様式の古民家やコンクリート製の沖縄らしい家屋がひしめいている。

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そんな怪しい路地の中を縫うように歩いて来ると、古い琉球民家の建物は紀ノ国屋という民宿だった。これまた年季を感じさせる看板が、ここが宿屋である事を物語っていた。もしかして連れ込み系?

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狭い路地を出て遠巻きに紀ノ国屋の建物を見る。那覇の中心地にもこんな古典的な宿があったのかとビックリ。もっと早くに気づいていたら一泊していたのに。残念。

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桜坂社交街の裏手にあるグランドオリオン通りにも昔の映画看板がいくつも貼りつけられていた。銀座の恋の物語。石原裕次郎に浅丘ルリ子…昭和全開ですねえ。当時のものがそのままというよりは、最近になって作られた看板のようだ。


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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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