明治時代の遊郭建築旅館「新むつ旅館」がある八戸市の遊郭跡「小中野新地」を歩く

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八戸市小中野に残る遊郭の痕跡を辿ってきたが、小中野に来て「新むつ旅館」を見ずに帰ってしまう訳にはいかない。明治30(1897)年に建てられた遊郭「新陸奥楼」の建物が現役で旅館に使われているという凄まじい場所なのだ。新むつ旅館のある場所は、鈎状道路や飲食街、旧八戸商業銀行が建っている辺りからかなり外れる。地図を確認しないと発見しづらいので注意しながら散策を続ける。

鈎状道路と並行して東西に走る車道を渡って南側に入ると、包丁研ぎ屋兼自宅の建物が現れる。なんだかDIY感たっぷりな個人経営の店だ。

しかしこっち側に入ってしまうと普通の民家ばかりの区画に迷い込んでしまうので、不正解。「新むつ旅館」は包丁研ぎ屋などが並ぶ通りの一本西側に隠れている。

それにしてもいちいち「頭上の雪に注意」と看板が掛かっているのがいかにも雪国らしいよな。

メインストリートからかなり入り込んだ場所に「新むつ旅館」の建物がある。建物自体が登録有形文化財になった事や、遊郭建築をそのまま旅館に使っている事など評判が立っている事もあり、泊まりに訪れる客は非常に多い。

常に宿泊客が目の前に路駐しているので、なかなか車の居ない時の全景を写真に納める事が出来ないのが残念ではある。

「新陸奥楼」として建てられた築110年の木造建築は2階建てで有りながら他に残る遊郭建築に比べるとかなり重厚感が違う。

旅館の看板もかなり年季が入っている。昔はここに「新陸奥楼」の屋号が書かれていたのだろうか?新陸奥楼が建てられた明治時代には八戸港に訪れる廻船の船乗り達で小中野の遊郭はたいそう賑わっていたそうだ。

それも昭和33(1958)年のお国の法律施行を目前に、遊郭から旅館に鞍替え、現在に至っている。

軒先に仕組まれた装飾の形も110年前そのままの姿を今に留めている。しかしさすがに老朽化のためだろうか、あちこち変形している。

玄関上の庇屋根にも鬼瓦のような形の装飾が付けられているが、その中央には丸に平仮名で「さ」と印が刻まれている。一体何の「さ」なのだろう。

新むつ旅館の真向かいに並ぶ古い民家も、漁師町の風情を留めるかのようで情緒に溢れている。結局時間に都合もあり、新むつ旅館に泊まる事も中に入る事も出来なかった。また次回の機会に持ち越しである。

新むつ旅館の内部は外観からは想像できない精巧な作りをしていて、吹き抜けにY字型階段、それに空中廊下…リアル「吉原炎上」状態の豪華絢爛さである。次に八戸に行った時は必ず泊まりたい。

藤川ゆりDVD love navi 八戸

そういえば美人すぎる議員ですっかり八戸名物な藤川ゆり議員のDVDにも新むつ旅館の内部が収録されていたよな。

新むつ旅館には2012年に一度宿泊しております。その時の様子がこちらです。
築100年超の現役妓楼建築!八戸小中野遊郭跡・旧新陸奥楼「新むつ旅館」に泊まる


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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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