静岡県旧清水市…2003年の市町村合併で政令指定都市となった静岡市の一部となり、今では静岡市清水区となっているが、この「清水」という街に対してどんな印象を持っているのか。今どきの平和な方々はせいぜい「ちびまる子ちゃん」と「清水エスパルス」と挙げるのだろうが、年寄り世代ともなると「清水の次郎長」を挙げるし、ちょっとアレな人だと「金嬉老が生まれ育った街」だと挙げる事であろう。そう、金嬉老事件で有名なあのオッサンは、この街の出身なのだ。
温厚そうな県民性で通っているはずの静岡県において、そんなアウトローで乾いたイメージのある街というのはやはり気になるもので、じゃあ行ってみましょうかねと乗り込んだのが、静岡市街地と清水市街地とを結ぶローカル線「静岡鉄道」の電車。元々は旧静岡市山間部の茶畑から採れた茶を清水港に輸送する目的で作られた鉄道なのだが、東急グループとの関わりが深い事もあって電車の車両は全て東急車輛製造品。
終点の静鉄新清水駅は、まさしく清水港の目前に位置している。JR清水駅からは南に700メートルくらいズレていて、両駅の乗り換えには徒歩10分程度を要する。この間に清水駅前銀座商店街などがあったり中心市街地らしい街並みが広がっているのだが、我々が向かうのは駅の出口から国道149号線を挟んだ真向かいにある「旭町」という場所。
JR清水駅とは違い、こちら側は駅前に出ただけでも既に場末感に満ちた雑居ビルや商店が立ち並ぶ、煤けた街並みが広がっているのが特徴。この裏手一帯が旭町で、清水の街を代表する飲食街となっているのだ。厳密には住所は清水区旭町と相生町とに分かれている。
そんな雑居ビルの一階には昭和な佇まいのパチンコ屋があったりして、駅前でせいぜい賑やかなのもここくらいか。貧民大歓迎「1円パチンコ」を呼び水に地元の年金世代を相手にしている昔ながらのパチンコ屋さん。
んまあ、のっけから駅前にある広告がこんなんだったりするので、旭町界隈がどういう街なのか、推して図るべしと言う訳です。
国道149号線の一本東側に並行する通りが旭町の飲食街。まさしくこの場所が「金嬉老事件」の発端、暴力団組員2名に対する射殺事件が起きたスナック「みんくす」がこの旭町に存在していたのだ。遠洋漁業基地でもあった清水港、そして港湾労働者も数多く住み、その時代の男臭さが未だに染み付いた街。
この場所、すぐ近所に静岡市清水区役所(旧清水市役所)があったりするような割と肝心要なポジションにあるはずなんですが、金嬉老の時代と比べて寂れただろうとは言え相当胡散臭さが際立っている。清水港を目前とした盛り場という事もあって昔はさぞかし栄えたのであろう。
両側がすっかり空き地になって歯抜け状態の酷い飲み屋街で見かけた一軒のフィリピンパブ「エドワルドス」、オツな佇まいだがどこかで見た事のあるネズミのイラストが堂々と使われており著作権の概念が曖昧な昭和の感覚を引きずっておる訳であります。
最近タレコミ情報で聞いたんですが、このネズミ、撤去されて無くなったそうです。やはり「当局」に目をつけられたんでしょうかね。
元々この旭町という土地、戦後の一時期は赤線地帯として大いに繁盛したそうだ。遠洋漁業の漁船が入港するやいなや、夜中遅くでも街中には気性の荒い漁師達が旭町の赤線になだれ込み、数ヶ月単位を船の上で過ごす事も珍しくない彼らはこの土地で溜まりに溜まったものを吐き出すよう遊び耽ったという。
昔からそのような土地柄という事もあってか、清水市内には港湾労働者などの職に就く在日コリアンが多かった。あの金嬉老の実家だって、実父は港湾労働者の親方をしていた一家で、しかし金嬉老は3歳の時に父親を事故で亡くし、残った母親がくず鉄拾いでようやく生計を立てるような極貧生活を続けてきたという。
金嬉老がライフル銃をぶっ放してヤクザ2人を殺したクラブ「みんくす」があったのも昔の話。当時の旭町飲食街では屈指の大店だったというが、今どこを見回しても痕跡が見当たらない。どうやらこの古びた飲食店ビルの真向かい、コインパーキングになっている場所に「みんくす」があったそうだ。住所は相生町9番地。
「みんくす」があった辺りの飲食街の現在の様子。寂れているとは言ってもやはりなかなかアレな雰囲気で、到底「ちびまる子ちゃん」のイメージとはかけ離れたハードボイルドでアウトローな街並みが残っている。金嬉老が生まれ育った街、日本全国のヤクザが憧れる清水の次郎長を生んだ街、皆さん、これが清水という街ですよ。