杜の都「仙台市」仙台駅周辺の活気ある商店街と市場をひたすら練り歩いた

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JR仙台駅西口からペデストリアンデッキを跨いで青葉通り北側の繁華街に入る。この道は仙台駅から一番町や国分町の繁華街へ抜ける道となっていて人の流れが一番多い場所だ。駅前から東西に伸びるアーケード商店街「中央通り」を中心にこの界隈だけやたら都会ぶっている。

中央通りのアーケード「ハピナ名掛丁」の一本手前の路地に入る。ここには「名掛丁センター街」「ジャンジャン横丁」の2つの戦後のドサクサ的な横丁が残っていたのだが、そのうち「ジャンジャン横丁」は再開発の為だろうか姿を消してしまっていた。その名の通り、大阪新世界のジャンジャン横丁から来ている。
仙台が誇る大衆食堂半田屋の前身、めしのはんだや一号店があった場所だが、今では跡形もない。2008年夏の時点で店じまいしていた模様。

現役で残っている「名掛丁センター街」。横丁を抜けるとハピナ名掛丁商店街に繋がっている。

戦後間近に出来た「ジャンジャン横丁」とは違いこちらは1970年代に出来た比較的新しい横丁で、通りの両側にひしめいているのは個人経営の小さな飲食店が殆どだ。

戦後とは呼べない後発の横丁だが、おおよそ40年の時を刻んだ横丁の風情はそれなりに味わい深いものになっている。牛タン屋がいちいちあるところが仙台らしい。

そのまま通りを抜けるとハピナ名掛丁商店街。仙台で一番人通りが多いアーケード付き商店街。並んでいる店も普通の繁華街のそれで、やけに東北楽天イーグルスを応援するのぼりが目立っている以外は特にツッコミどころがない。

中央通りのアーケード商店街は愛宕上杉通を挟んでさらに西側に続く。この先が仙台最大の繁華街一番町・国分町の中心エリアとなっているため、信号待ちをしている通行人がやたら多い事に気付く。

それにしても仙台の街は車道が広い。戦後の復興計画で、まるで名古屋みたいに市街地の各所に幅広道路があちこちに作られたからだ。名古屋と仙台に共通するのはブスの産地(←よく言われているけど確たる根拠がない)だけではないらしい。

アーケード商店街の両側を結ぶ横断歩道の前には名掛丁の地名の由来が書かれた石碑が建つ。元は仙台城下町に通じる侍町で、明治時代に東北本線の踏切が出来て街が東西に分断された。JRの線路の東側にも名掛丁の地名が残っている。

平凡な繁華街といった風情のアーケード商店街を外れると、所謂若者の街的な性格を帯びているのか、オフィスビルや飲食店に紛れて原宿みたくちょっとお洒落っぽい服屋や美容室がちらほら目に止まる。

この付近の街並みはまだまだ普通の繁華街の範疇に留まっていて、とりわけ面白い風景ではない。南側に並行して走るアーケード商店街は東二番丁通を挟んでさらに西側に連なっている。商店街の名前も「ハピナ名掛丁」から「クリスロード」「マーブルロードおおまち」と次々変わっていく。
ちなみに2005年に暴走トラックが商店街に乱入して3人が死亡する事件(→詳細)が起きた辺りだ。

この付近のビル街を見るとやたらタギングが目立つ。DQNどものマーキング行為は古今東西変わらないようで。

ド派手なストリートアートもとい落書きがブロック塀を占拠している。さしずめこの付近の街並みは仙台における渋谷的な位置付けにある雰囲気だ。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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