廃墟商店街と赤壁合元寺裏手のスナック街…福沢諭吉の故郷「大分県中津市」の街並み 

<2ページ目を読む

中津市 中津駅前

留守居町にある福沢諭吉旧居を見物した後、再び中津駅方面に戻る。途中で赤壁で有名な合元寺の前を通るが、合元寺の赤壁と言ったらそりゃまたオカルト方面に話題が傾きそうなので突っ込んで話さないが歴史ある城下町なので色々あったみたいですね昔は。

中津市 中津駅前

合元寺付近一帯は見ての通りの寺町である。整然と寺が立ち並んでいる風景とは裏腹に、この辺りにも乙な飲食店街が広がっているのでついてに見て回る事にする。

中津市 中津駅前

合元寺の横から中津駅方面に伸びる道すがらも商店街のようだが、よく見るとスナックや居酒屋が多くていかにも夜の街的な雰囲気が強い。寺町の隣が色街になりがちなのも、いくら壁を白く塗り直しても血で赤く染まってしまうので、いっその事赤く塗りつぶした合元寺の壁のように、何か因縁めいたものを感じさせる。

中津市 中津駅前

そんな色街らしき標語看板が橋の上に立てかけられていて土地の因縁の片鱗を垣間見る。

「暴力を なくして 住みよい 諭吉の里」

しかし世の中は残酷なもので諭吉の顔が描かれた紙切れを巡ってお互い騙し合い殴り合い血を流し合ったりしている残念な人々が存在するのである。もし福沢諭吉が今の世を生きていたなら、一万円札を見て「勝手に俺の顔を使うな」と怒っていたのではないだろうか。

中津市 中津駅前

でかい看板に遮られて見えづらくなっている、橋の下を流れる小川。まあ、案の定川というよりドブである。ここが合元寺などの寺町と色街とを隔てる壁になっているのか。

中津市 中津駅前

そしてもう片側は橋の上に建物ががっちり据え付けられているという状況。これも土地の有効活用です。 諭吉の里の盛り場もなかなかのものですな。

中津市 中津駅前

そんなドブ川べりのスナックビル「天神会館」。やっぱりこれは福岡の天神を意識してるんでしょうかね。今夜も飲んで歌って楽しく。だけどテナント募集の張り紙が痛々しいぞ。

中津市 中津駅前

天神会館ビルの壁に連なる看板群。「スナック幼稚園」とかカオス過ぎるネーミングで大分県民のセンスの高さを伺わせてくれます。

中津市 中津駅前

合元寺の裏を流れる小川に沿って狭い路地に狭小建築のスナック長屋が連なる濃厚な一画が広がっている。これはなかなか香ばしいですね。当然ここに入らない訳には行くまい。

中津市 中津駅前

合元寺裏のハーモニカスナック長屋は2つの路地に分かれていて途中で1つに合流する。規模的には渋谷のんべい横丁くらいのものか。路地は狭いが辛うじて車が通行できるだけの道幅はある。

中津市 中津駅前

もう片方の路地はスナックだけに限らず中華料理屋やお好み焼き屋もあったりして夜はそれなりにいい雰囲気出てそうな感じです。ところで中津名物の唐揚げはどこで食えるんでしょうかね。

中津市 中津駅前

しかも建物を見るとかなりオンボロっぷりが際立っている。この小料理屋のとこなんか、2階部分のバルコニーの手すりがぶっ壊れてるし、窓ガラスも割れている。よく見りゃ廃墟ってますな…

中津市 中津駅前

建物の造りを見た限りでは、時期的には昭和30年代くらいに出来たっぽい感じがする古い飲食店街だ。だが店舗として使われているのはそのうち半数程度だろうか。

中津市 中津駅前

「十八才未満の方は立入りお断り致します 中津料飲組合」…と書かれた古い札も下がっている。赤線地帯だったかどうか、雰囲気的には限りなくそれっぽいのだが実際どうだったのだろう。

>4ページ目を読む

福沢諭吉の故郷「大分県中津市」の街並み


The following two tabs change content below.
新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
トップへ戻る
Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.