伝説の泡沫候補「羽柴誠三秀吉」の本丸・小田川城を攻略してきた 

<2ページ目を読む

ようやく「国会議事堂」こと小田川温泉ホテルがある広場の辺りまでやってきたが、火災の影響で当然休業中と言う事もあって止まっている車はおろか人っ子一人居なかった。

原因不明の不審火で全焼した「国会議事堂」の建物は黄色い停止線が張り巡らされ、人の立ち入りを拒んでいる。建物の瓦礫が見えるが、まさに見るも無残な状態だ。これでは当分温泉旅館の再開は無いだろう。

「秀吉のやかた」と名付けられたこの建物、国会議事堂の形になる前の2000年3月にも火災を起こして建物が全焼している。その時は平等院鳳凰堂の形をしていたというのだ。次に建て替わる時はどうなるのだろうか。

だだっ広い駐車場は「運輸省」。送迎バスが一台止まっているだけであとはガラーンとしている。そして背後の丘の上は「国防省」のミサイル基地。変なアンテナが見える。

国防省ミサイル基地と書かれているだけあって、丘の上にはものすごい勢いでミサイルが配備されている。この戦闘力には三沢基地に駐留している米軍からも一目置かれているとか呆れられているとか。

広場の片隅にはステージイベントでも前提にしたものだろうか、「楽市楽座」と書かれた平屋建ての建物の姿もある。

他にも広場の周囲に小田川藩帝国の中枢施設や宗教施設らしきものが建っている。赤鳥居が並ぶのは「小田川神社」。

朱塗りの社殿や門はさすが土建屋を生業とする羽柴グループだけにご立派なものだが、さっぱり有難味の感じられない無機質な神社である。

階段の上には社殿がそびえているが、小田川神社のご利益は「金儲け」という単刀直入で実に分かりやすいもの。

傍らには「神社庁」の建物もある。国会議事堂ありミサイル基地あり神社ありと実に忙しい。藩なのか民主国家なのか、政教分離とか細かいことは無問題のようだ。

本当に誰もいないので気味が悪くなって途中で退散してしまったわけだが、出来る限り回れる範囲で小田川城の各施設を見てきた。

帝国海軍省の隣にあるのは文部科学省ではなく「科学文部省」のゲートである。しかし閉ざされているので先へ進めない。先には十字架のマークがついた建物がある。用途はさっぱり意味不明だ。

両サイドには「軍事原子力研究所」「宇宙開発事業団」と書かれていて、またしても本気なのかギャグなのかよく分からない。

小田川神社の右側には「羽柴環境化学工業」。なぜかここだけやたら立派になっている。土建屋が本業だが、そういえば黒土の販売もしているのだった。この場所で黒土販売の「事務所」になっている模様。

よく見ると自販機も置かれているのでそれなりの人の出入りがある場所なのだろう。

その隣には「建設省・羽柴企業工業団地」と書かれたゲートがある。もしかしてここが小田川藩帝国の極秘軍事工場で対北朝鮮用ミサイルを製造しているのだろうか。しかし相変わらず嘘みたいに静まり返っている。

広場から見える小田川城天守閣はネタの為に作られたとは言え桜の開花時期にはなかなか綺麗な景色を見せる。

ちなみに羽柴誠三秀吉率いる羽柴グループには、ここ「小田川温泉ホテル」を運営する羽柴観光小田川温泉株式会社、それに建設・工事・廃棄物処理業などを行う東北興産建設株式会社などがある。昔は黒石市にラブホテル「ホテルニュー黒石城」も運営していたそうだが、経営譲渡後火災で全焼していて現存しない(→詳細

津軽半島の片隅で一国一城の主となった羽柴グループの城主、またしても出陣(選挙)の時はあるのか、そして小田川温泉ホテルの復活の時はいつになるのだろうか。復活を遂げた時は、再びこの地を訪れたい。

<追記>羽柴誠三秀吉こと三上誠三氏は2015年4月11日に肝硬変の為死去。享年65歳。小田川城の跡継ぎは誰が担っているのでしょう。


The following two tabs change content below.
新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
トップへ戻る
Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.