東京に最も近い巨大鉱山町・日光市足尾町…「足尾銅山観光」と足尾の町並みを歩く

栃木県

栃木県南西部、渡良瀬川上流に位置する「足尾町」は江戸時代より400年以上に渡り銅を掘り続けてきた「足尾銅山」のお膝元として山深く隔絶された土地ながら長年栄えてきた。

だが鉱山開発の裏で渡良瀬川に滲み出してきた鉱毒に下流の住民は苦しめられる事になる。これが「日本初の公害」として有名な足尾鉱毒事件の話だが、栃木と群馬に跨る渡良瀬川沿いや鉱毒を沈殿するために国策で作られた渡良瀬遊水地、公害のために廃村になった集落など、負の産業遺産が今なお残っている。

足尾銅山の操業は昭和48(1973)年に停止し閉山、それ以降は「銅山から観光へ」鞍替えして、わたらせ渓谷鉄道や観光銅山を整備して現在に至る。

で、日光東照宮から峠を越えて足尾の街まですっ飛ばしてやってきた訳だが、想像以上に呑気な観光スポットのテンションで出迎えた足尾銅山観光のゲートに脱力。ひとまずお約束という事で中に入ってみる事にした。

足尾町は現在は市町村合併で日光市の一部である。閉山して基幹産業を失った後は衰退の一方で人口は最盛期の38000人(1916年)から10分の1、3200人にまで落ち込んで、山を隔てた日光市に組み込まれてしまった。

足尾銅山観光は一般の観光客向けにトロッコで銅山坑内の先っちょだけを見学出来るコースになっている。そのトロッコが15分に一回しか出ないので、その間は待合室で展示物をボケーっと眺めながら待機する事になる。

最近日本各地で何でも世界遺産にしようぜと息巻いている訳だがここ足尾も例外ではない。もちろん原爆ドームのような「負の世界遺産」としての登録を目指すつもりなのだろうが、これから見学する観光客向けの坑道はごくごく表面のオブラートをなでるようなものだ。見学を終えてもそれで満足してはならない。

しばらくして観光客を載せるトロッコがやってきた。ここもディズニーランドのアトラクションに乗り込むようなノリでしかない。我々観光客は実際に銅が掘り続けられてきた坑道の一つである「通洞坑」の内部に入る事が出来る。

坑道内を突き進むトロッコは想像以上に小さく頭を窮屈そうに屈めて乗る事になる。鉱山が現役だった頃は沢山の坑夫がこのトロッコに乗り、全長1200キロメートル余りという途方もない規模の坑道の奥まで潜っていったのだ。酷く現実感のない話である。

観光用坑道は通洞坑入口からすぐの場所で下ろされ、見学コースに誘導される。普段着の家族連れや子供連れなどに混じって一緒に見学するのは観光向けだからしょうがない。

トロッコの先の線路が途切れた部分から金網で厳重に封鎖されている。観光客に混じって坑道の奥を見ようとするが、せいぜい手前の光が届く範囲くらいしか分からない。

足尾の集落北西にそびえる備前楯山の真下に複雑に張り巡らされた坑道は全長1200キロ以上というが実態は高低差1000メートル以上で何十もの階層がある立体構造になっている。ラストダンジョンとか騒いでるレベルじゃないぞ。

ここを毎日潜っていた坑夫の心情たるや如何なものだったろう。

この穴の向こうには400年にも及ぶ銅山の歴史が詰まっている。古くは日光東照宮や江戸城の建造にも銅が使われ、明治に入り古賀財閥の手により近代的な採掘方法が確立されたとともに地下迷宮は一気にその規模を拡大させていった。通洞坑を含む3つの坑道を通って世界へ渡った銅の量は数知れず。

…で、後は見学コースに従って坑道から外へ向けて一直線に歩いて行くだけでございます。

見学坑道の途中には江戸時代から近代に渡って足尾銅山の坑道でえっちらおっちら働いてきた坑夫の方々の仕事っぷりが再現された実物大人形が何体も置かれている。

人形の中にはのそのそ動きながらテープで話し声を流している所もあるが、いまいち緊張感が伝わってこない訳だ。事前に予備知識を蓄えずにこの展示を見ても、きっと記憶には何も残らないだろう。あと観光客が多い日に入ると後からつかえるのでゆっくり展示物を見て回れない。

実際の坑夫の生活は夏目漱石の小説「坑夫」に書かれているような過酷な労働だったはずだ。もう少し本を読んでから来ればよかったかとも思ったが、400年もの銅山の特殊かつ膨大な歴史をすぐに理解する事は出来ない。

どんどん坑道を進んでいくとしまいには近代化した坑夫さん達が掘削機やらダイナマイトのスイッチやら持ってスタンバっていたりする。文明の進歩やね。足尾銅山では労使関係の改善を求めて暴動事件が発生した事もあった。戦前日本における労働運動の拠点でもある。

まる一日を広大な銅山の坑道で過ごす坑夫、飯の時間も当然坑道の中で食らう訳である。地下空間での長時間滞在では珪肺症を引き起こすなど身体の各所に悪い影響を及ぼすので、坑夫の寿命は短かった。

ひとまず観光コース用の坑道もあっという間に終了なので、わずか10分足らずで再び外の空気を吸うことになる。

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