東京に最も近い巨大鉱山町・日光市足尾町…「足尾銅山観光」と足尾の町並みを歩く

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足尾銅山観光を見た後に、まだ時間があったので足尾の集落を見ていく事にした。中心市街地はここから歩いて行ける範囲に固まっている。足尾は首都圏から最も近い範囲にある鉱山町。夕張やら長崎の軍艦島やら鉱山町は数あれど、都心から車で2時間もすれば着くのは足尾くらいのものである。しかし人口は最盛期の10分の1で、今なお住民は減り続けている。

銅山観光から歩いて5分くらいの所に通洞駅がある。

足尾銅山観光へのアクセス経路になっている、わたらせ渓谷鉄道は群馬県の桐生から渡良瀬川に沿って走る観光鉄道。もちろん昔は足尾銅山から取れた銅を輸送するために作られた足尾鉄道(後に国鉄足尾線)が前身。

シブイ駅舎のまま現役で営業しているが、隣に足尾駅という駅があるとはいえ、町の中心はこの辺一帯になる。やはり地元民の姿よりも観光客の方が目立っている。鉄道を使えば桐生から通洞までは約1時間20分で来れるが、案の定電車の本数は圧倒的に少ない。

通洞駅を降りると、すっかり寂れきった足尾の街並みが広がっている。

先程訪れた銅山観光へは突き当たりで合流する県道を右に進めば良い。

駅前からいきなり廃屋が現れるあたりはさすが鉱山町の成れの果てといった所。プレハブみたいな粗末な造りをした家である。人が住まなくなってから相当経ってそうな感じがする。

県道に出ると日光市営バスの停留所がある。一応ここからJR日光駅方面にも出られるようだ。当然ながら本数は少ないけど。どうでもいいけどキリスト看板発見。

駅近くには日光市役所足尾総合支所の建物がある。2006年に日光市と合併するまでは足尾町役場だった。

旧役場の目の前の県道が町のメインストリートとなる。昔は映画館が4つもあったりするなどかなり栄えていたそうだが現在はただひっそりと静かなだけ。

メインストリートにはひなびた食堂が一軒、ヤマザキ系列のコンビニが一軒、そして葬儀屋さんも一軒。

バス停の前で人がいた以外は、村人とすれ違うような事は一度もなかった。さすが過疎の村。

殆どの民家が昔のままの古い家並みとなっている。既に鉱山町としての役目を終えて四半世紀が過ぎた訳だが、鉱山と共に暮らしてきた住民にとっては一生ここに住み続ける覚悟があるのだろうな。

レトロな商店の跡。昔は八百屋だったりタバコ屋だったり色々店が並んでいたのだろうな。今では全て閉店。店の電話番号が下3ケタだけしか書かれていないというのが凄い。

ハイオク満タンでお願いしますと言おうと思ったらガソリンスタンド自体が廃屋でした、ちゃんちゃん、というオチが見えそうな、村の貴重な給油所。やってるのかこれ?多分やってないだろうな。

県道の傍らには鋳銭座跡の石碑。足元には古銭を象った置物もある。寛永通宝の裏に足尾の「足」の字が刻まれていた足字銭である。江戸時代にはこれが大量生産されていた訳だ。

県道南側の脇道に入るとそこにも商店が点在している。渡良瀬川の河岸段丘に沿って下り坂になる路地の奥にも、かつての鉱山労働者が暮らしていると思われる市営住宅や民家が数多く立ち並ぶ。

隔絶された山間集落の一つでしかなくなった今、この土地が発展する兆しはどこにも見当たらない。もう少しうろうろしたかったが、今回はここまで。足尾銅山を巡るには1度2度訪れただけでは不完全である。鉱山町の跡を辿るにもあまりにスケールがでかい事を現地で思い知らされた。近日再訪したい。


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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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