東京に最も近い巨大鉱山町・日光市足尾町…「足尾銅山観光」と足尾の町並みを歩く

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インディージョーンズ気分で乗り込んだトロッコで観光用坑道に入ってから10分もしないうちに見学コースを見終えて外の世界に出てきてしまった。目の前には旧ステーションに続くトロッコの軌道と、鋳銭座と呼ばれる資料館がある。

坑内にも沢山の坑夫の人形が展示されていたわけだが野外コーナーにもいるいる。江戸時代の精錬作業の様子らしい。一日中高熱で鉱石を溶かして純度の高い銅を取り出す必要があるわけで作業者は常に半裸。原始的ですねえ。

桶に詰め込んだ鉱石を運ぶ坑夫のオッサン。凄い形相である。実物大人形は非常に充実している。資料館「鋳銭座」にも寛永通宝とかの銭を鋳造する作業が展示されているがその辺は端折る。江戸時代の話には正直興味が湧かない。

ここが重要なポイントなのだが、江戸時代の銅山と、明治に入って古河財閥が目をつけてからの銅山は全く違う歴史を持つ。鉱毒事件や暴動、公害によって廃止された村、そうした事実を覆い隠す政治の思惑、少しの犠牲よりも富国強兵が正義だった時代の話。

それらの闇が深々と根を下ろしたのは明治以降の事だ。この足尾銅山観光は、そうした部分には一切触れられていない。

そこは「大人の事情」って事なんだろうが、やはりこの観光坑道だけを見て足尾銅山を見た気になって帰るというのは本質を見誤る危険性があって非常によろしくないと思うのだ。

今では過疎の村になってしまった足尾の町、総延長1200キロ、400年にも渡って延々と坑道を掘り続けてきた備前楯山からは閉山以降も現在まで有毒の鉱泥が混じった雨水が滲み出しており、四六時中汚水処理をして有害物質を取り除く作業が続けられている。

それに加えて精錬作業など出てきた有毒物質を渡良瀬川下流に漏らさない為に簀子橋堆積場という鉱滓ダムで辛うじて食い止めている状態だ。


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この簀子橋堆積場が足尾町の集落がある通洞駅近く、渡良瀬川支流の渋川上流に現存しており、航空写真で見ると毒々しい赤茶けた鉱泥が文字通り「堆積」している。これは足尾の町に住んでいる人々の間でもタブーともされている恐ろしい負の産業遺産の正体である。公害は過去の話ではなく今も続いていたのだ。

ネット上にも簀子橋堆積場の写真が数多く見られるが、現地は古河の私有地となっており無断で立ち入る事は法的にもアウト。それに正面切って個人で見学することもまず不可能である。備前楯山に登るハイキングコースから遠巻きに眺めるくらいの事は出来るらしいが危険を伴なうのでくれぐれも注意されたし。

将来ダムが満杯になった時にはさらに新しいダムを作るしかなく、決壊の危険性もゼロではない。もし簀子橋堆積場が決壊したら、下流の町は壊滅的な被害を被る事だろう。

足尾銅山を世界遺産にしようと地元は息巻いているようだが、現在進行形で続く負の遺産は、その事実を覆い隠したまま世界遺産になりえるのだろうか。

で、引き続き足尾銅山観光へ。一通り観光コースを終えると、いかにもらしく最後は土産物コーナーが広がっている訳である。それも随分昭和の匂いが濃密な空間である。足尾銅山観光がオープンしたのが1980年なので、足掛け30年以上という事になる。

さすが銅山の町だけあって銅食器まで売られている。メイドイン足尾かどうか知らんがな。やかん12000円、コップ2500円と結構お高いのね。保温性は抜群そうだが、ある意味贅沢品だな。足尾土産に銅食器でも銅ですか(笑)

「銅もありがとうございました。また銅ぞ…」いつまでもオヤジギャグかましている場合じゃない。土産物屋は銅でもいいので先を急ぐ。

昔は大食堂もあったみたいだけど封鎖されてしまっているようだ。銅って事ないけど物凄くレトロな看板ですね。

大食堂がない代わりに1階部分にちょろっとラーメン屋とか喫茶店っぽい店が残っている程度である。暇でしょうがないのか知らんが呼び込みが激しい。一息つく暇もなく次の目的地に向かわなければならんもので、すまんのう。

足尾銅山観光の敷地に「通洞鉱山神社(銅山観光山神社)」という古びた神社が残っている。足尾銅山には通洞坑の他、小滝坑、本山坑と3つの入口があったのだが、いずれも入口には山の神様が祀られていたという。坑夫達は作業の無事を願って仕事の行き帰りにお参りしていたのだろうか。

古びた拝殿と鳥居だけかと思ったら、なんだかよく分からない「ボケ去る祈願」の立て札も。ボケ封じのご利益があるそうです。ほんまかいな。

しまいには「いじめ撲滅祈願」と書かれた立て札まで…きっと銅山観光の人が後付けで置いたものだろうかね。今どきなら「無縁社会撲滅祈願」とかに「ひきこもり撲滅祈願」とかになるのかな。むしろパワースポットブームに乗じて縁結び祈願の神社としてオシャレっぽく変貌する事は…多分なさそうだ。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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