九州最後の炭鉱・長崎市「池島」 – 島の集落・郷地区にあった商店街と盛り場 

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長崎市 池島

一方で坂道を降りた所で池島港に向かう途中の道も商店街の成れの果てのような通りが続いているのだ。当然こちらも廃屋のオンパレードで、溜息しか出てこない鬱々とした街並みとなっている。でもここ、やっぱり商店街だったみたいです。

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しかしこの廃屋もヤバイ。かなり建物の崩落が進んでおります。前を通り掛かるのもスリルなんですが…次に台風が直撃したらもう駄目そう。

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昔はこのへんにタコ焼き屋とか大衆食堂とかそういう店が入ってたんでしょうかね…と適当に想像するしかない訳だが。だって商店街だった訳だし。

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いかにも昭和な佇まいの店舗兼住宅。まだこの辺は何とか人が住んでいるようで、隣の廃屋と見比べるとやっぱり様子が違ってきますな。再びこの商店街が活気を取り戻す事は…もうないだろうけど。

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まるっきり45度斜めに配された理容室の玄関口が見えた。商売は辞めてしまっているかどうか分からないが、それほど荒れた様子はない。

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そして例に漏れずここもやっぱり飲み屋さんだったっぽい店の跡が多い。こんな感じの商店街の残骸が、火力発電所の前まで200メートルくらい続いている。

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あら、こんな所にも壊れたスナックの看板が。スナック千羽鶴。徒歩での帰宅時、港から鉱員住宅に帰るのにこの道はどうしても通る事になるので、さぞ現役時には流行ってたんだろうな。

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それにしても木造家屋は人が居なくなると真っ先に駄目になってしまう。屋根からごっそり崩落してしまった2階建て家屋。そのうち軍艦島の木造家屋のように跡形もなくなるのだろうか。

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一目見てちょっと引いてしまいそうになった光景。廃屋の窓が取れて剥き出しになった部屋の中からハンガーに掛けられたまま放置されていた家人の衣類が丸見えになっていた。この服の持ち主は現世におられるのでしょうか。

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商店街からすぐ背後が高台になっていて土地も狭いので、建物も窮屈そうに建っていたのが分かる。平地が少ない長崎という土地柄、別に珍しいものではないのだが…

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商店街の目の前にまで迫る石組みの法面。その上にもびっしり家屋がへばりついている。

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池島港に戻る途中の立入禁止ゾーン。閉山後、島では新たな雇用創出策として金属リサイクル工場の操業が行われ、一時期は出戻ってきた炭鉱マンや島の外から来た若い新入社員が従業員として島に住んでいたのだが、これも僅か3年程度で事業縮小、リストラが決まり、結局島から人が離れていった。

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帰りのフェリーに乗って港を離れた時に見えた土手の「池しま大スキ」の文字。多分これを書いた地元の子供達?も島を離れる時が来るのかも知れない。そして端島のように時を止めた空間となるか、否か…

池島についての情報は『九州最後の炭鉱「池島」より』が現状最も詳しいサイトになる。当方もこのサイトを参考に池島へ訪問させて頂いた。また来る機会があれば今度はトロッコで坑道さるくしましょうかね。東京から遠いし、いつ来れるか分からんけど。



九州最後の炭鉱・長崎市「池島」シリーズ

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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