本州最北端の盛り場は自衛隊のお膝元だった…むつ市「田名部」のネオン街を訪ねて

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神社の周囲がすっぽり飲み屋に囲まれた田名部の歓楽街の中で、神社横町に並んで怪しい風情を放つ飲食街が、神社南側一帯を東西に走る横丁「ふれあい通り」だ。

ふれあい通りへのアプローチは田名部神社の鳥居から真正面の路地に入った所である。実に分かりやすい。中心市街地だからだろうか、珍しく路地がコンクリートブロックで敷き詰められている。

ふれあい通りへはラーメン屋の角を左に曲がれば良い。右側ははねやホテルという小奇麗なビジネスホテルの駐車場となっている。

しかし駐車場の角に物凄い状態の廃屋が突っ立っていたので思わず見に来てしまった。板葺きの壁も崩落が進んでいて建物の中身が見えてしまっている。

朽ちて行くだけの廃屋をある種の芸術と受け止める廃墟マニアな方々がいるが、そんな人達の気持ちがちょっとだけ理解できた気がした。

ふれあい通りの中へ入っていくと、こっちも神社横町に負けず劣らず原色のスナック看板が狭い通りの両側に競い合うように並んでいる。

ガラスの開き戸にアルファベットゴシックで書かれた店名がイカス「スナック再会」。昭和丸出しの風情だ。

そんなふれあい通りの路地はおよそ100メートル程。すぐに端から端まで歩けてしまうような横丁だが、非常に飲食店密度は高い。

ナイトパブの入る雑居ビルの入口に貼られた「貸し店舗あり」の張り紙。東京だったら新宿ゴールデン街の3坪店舗で50万程度らしいが下北半島でスナックを開くとしたら費用はどのくらい掛かるのだろう。

通りのど真ん中に掲げられた「ふれあい通り」の看板。明るく健康的な飲食店街らしいですが道が狭すぎてヤクザなお兄さんに肩がふれあいそうな勢いです。

ふれあい通りの終点まで歩くと先程の潰れた料理屋「桐半」の前に辿り着く。

ふれあい通りの途中からは路地が枝分かれして南側の飲食街に続いている。本当に位置関係が分かりづらい。

さらにそこから小さな路地がもう一つ枝分かれしている。最果ての路地裏スナックはオンボロバラック建築の「パラダイス」でした。

表のふれあい通りよりもさらにふれあい率が高まりそうな窮屈で陰鬱な空間である。まさしく本州最北端の歓楽街としての威厳を保っているかのごとく佇んでいる。所々撒かれている白い粉は殺虫剤だろうか。

路地裏を抜けるとこの場所に出てくる。こっちから見ると完全に行き止まりに見える所が実に怪しい。まるで迷路みたいだ。

在りし日の東京玉の井の私娼窟も、わざと街を迷路のようにややこしく作っていたと言われているが、それを思い出した。

迷路の出口には、この付近の飲食街の組合事務所と思われる建物が隠れていた。

ふれあい通りの途中から南側の路地を抜けると、別の飲食街に繋がっている。2階建ての長屋が向きあって屋根で覆われた通り道にもスナックがずらりと並んでいるのだ。

スナックの玄関には飲食店組合証や18歳以上入店禁止の札の他にもう一つ「自衛隊協力会之店」という札も掲げられている。

田名部市街地の過剰な飲み屋街は何よりも大湊基地の自衛隊員の存在によって支えられている、その事を示す一例と見て良いだろう。

昼間は人っ子一人おらず静まり返ったこの街も夜になれば自衛隊員でいっぱいになるのだろうか。

飲食街を出ると、田名部川沿いの道(国道338号)に出てくる。どうやら「天きん通り」という名前のようだ。「天きん」って何だ?と思って、自衛隊の転勤族が多いからか?などと勝手な連想を始める。

目の前を流れるのは田名部川。この川は少し上流にある新田名部川に通じている。水害対策のために開削されてそれぞれ陸奥湾に注いでいるのだ。

天きん通りの東側には「ミナト通り遊飲街」。まだまだ容赦なく現れる飲み屋の数々。

ミナト通り、天きん通りと並んで、その隣にもピンクの外壁がやたら目立つ「はまなす通り」もある。

はまなす通りも例外なく、店一覧は殆どがスナックばかりだ。

田名部川に架かる橋の手前あたりから川沿いの飲食街を振り返る。昔はこの辺りの川沿いに蔵が立ち並んでいて、大湊湾に寄港する北前船から川舟を介して沢山の荷物が積み降ろされていたと言われる。

橋のある交差点を北に入ると「はまなすライン」と名称が付けられている下北半島を縦断するメイン道路。下北半島の付け根にある野辺地から田名部、本州最北端の街、大間港を経て、海を越えて函館港に通じる国道279号である。

メインストリートなだけに、青森銀行の支店があったり、それなりに商店が並ぶビルも残ってはいるのだが、さすがに厳しいらしい。総じてシャッターが閉まったままで寂しい限りだ。

殆どシャッターが閉められた商店ビルの一角だけが唯一営業中の喫茶店だった。昔は市場か何かだったんだろうか。


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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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