リアル「三丁目の夕日」状態!実際映画のロケ地になった倉敷市「玉島」の昭和な街並み 

<2ページ目を読む

ロケ地に使われた旧水門と橋のある溜川沿いから人の居ない銀座商店街の入口とは反対側の路地に入ると小高い丘に境内を構える羽黒神社の入口がある。江戸時代には瀬戸内に浮かぶ小島であった神社で、この辺一帯は周囲は備中松山藩の新田開発により干拓されて地続きになった場所なのだ。

羽黒神社入口の階段横にはレトロモダンな洋風建築が際立つ「みなと湯」の建物。昭和2(1927)年開業で築85年という代物。港町玉島の繁栄を偲ばせるご立派な銭湯でございます。

二階部分を見上げると山に久のマーク。そんなに派手な装飾でもないのにお洒落に見える不思議な建物。

銭湯の屋号が書かれた看板は壁に直接取り付けられてその上から外灯でライトアップされる形。文字が右から左になっているのも戦前仕様。

しかしこの「みなと湯」、つい最近廃業してしまい今では風呂に入る事もかなわない。ああ無情なり。80年以上の銭湯の歴史もあっけなく終わってしまったのか。

長らく番台に立っていた老齢のお婆さんもご主人に先立たれて以後銭湯の切り盛りを全部一人でやっておられたそうでさすがに体力的に厳しくなったのだろう。廃業はしたが建物は取り壊されず残っている。レトロ観光資源として再利用の動きもあるようだが果たしてどうなることやら。

その近くに建つ三階建ての立派な店舗跡もみなと湯に負けずレトロっぷりが際立っている。多分「豊来軒」と読むのだろうが屋号もくっきり残っている。屋号から察するに洋食屋か中華料理屋か、どっちかだったろう。1階から3階まで全部建物の外装が違うのも凄い。

羽黒神社を取り巻くように連なる銭湯や店の数々、それに銀座商店街も軒並み廃墟化が進んでいく玉島の厳しい現実を目の当たりにする。

東京の青梅とか大分の豊後高田とか、近年田舎の寂れた街がレトロで町おこししているケースがあちこちで見られるのだが、恐らく街が生き残っていくにはそういう方法しかなさそうな気配。

ところが羽黒神社の先にはまだまだアーケード商店街が続いているのだ。玉島もなかなか大きな街なのね。入口には「清心町」の看板。清い心の町…江戸川区西葛西のインド人街ではない。

さっきの銀座商店街よりも道幅が広く本来開放的な雰囲気がしていたであろうアーケード商店街だが例に漏れず人っ子一人居やあしません。

リアル「三丁目の夕日」年代ものの食料品店の看板が残る店舗。もちろんシャッターは閉まったまま。電話番号が市外局番なしで下四桁だけというのが古い。

そんな清心町商店街に残る一軒のすこぶる煤けた昭和の純喫茶。店の前に看板出してるからまだ現役だよね、たぶん。

薄暗いアーケード街の片隅で「廣珍」という老舗の中華料理屋が一軒だけ店を開けている。他は大して見るものもなさそうである。本当に寂しくなってきたのでもう引き返そう。

清心町商店街の入口側から羽黒神社方向を眺める。江戸時代以降栄えてきた港町だがその将来は…

ちなみに玉島には地元の青年会議所がやってるローカルヒーロー「JC戦士タマシマン」というのがいるのだが(笑)果たしてこれほどまでに寂れきった玉島の町を救う事が出来るのだろうか。我々日本DEEP案内取材班も生暖かく見守る事にしよう。

>4ページ目を読む


The following two tabs change content below.
新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。

トップへ戻る
Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.