今年の猛暑ぶりもかなり基地外染みていて都内にとても居られないくらいクソ暑くてしょうがないので、こういう時には長野や山梨あたりの高原地帯にでも足を伸ばすのも良いかと思い何気なく中央道に乗って清里あたりまで出掛けたら、そのすぐ近くに外国人研修制度にまつわる不穏な噂を度々耳にする「長野県川上村」があるという事に気付いた。ちょうど夏場の時期になると農作業の繁忙期で外国人の姿を多く見かけるというので、少し立ち寄る事にした。
川上村は長野県南佐久郡に位置する人口4000人余りの村で、長野県最東端にあり三国峠を境に埼玉県秩父市と隣接している他、日航機墜落事故があった「御巣鷹の尾根」にも程近い。村の全域が標高1000メートル以上の高原地帯にあり、周囲を標高2000メートル級の山々に囲まれ、夏場でもかなり涼しい気候である。米の栽培には適しておらず昔から蕎麦を主食にしていた為「川上そば」という信州そばの内のブランド品の一つに数えられる蕎麦が盛んに生産されていた。戦後、村のあちこちでレタス栽培が行われ今ではレタス出荷量ナンバーワン「日本一のレタス村」という異名を持つ事で知られる。
村の農家戸数は合わせて607戸。平均年収は2500万円と言われるが、そのうち数戸のみだが1億円以上の年収を叩き出すスーパープレイヤーもいるとされる。勿論あらゆる経費を考えれば実質的な収入はもう少し下がるだろうが、それでも景気が良さそうなのには変わりがない。2007年度の実績では村の主力生産物であるレタスを中心とした高原野菜の売上は約155億円。高収入過ぎて凄い…従って田舎にありがちな農家の跡継ぎ問題の悩みも、この村では無縁であるという。
そんな川上村では夏場の繁忙期に限って早くから求人誌で学生アルバイトを募集するなどして人手を賄っていたが、重労働を嫌う日本人の若手アルバイトが集まらなくなり、人手不足に悩むようになった村では2004年頃から外国人研修制度を用いて海外から中国人を主とした若い労働力を「外国人研修生」として雇い入れ、レタス栽培の現場で日夜農作業に従事させている。
この外国人研修制度自体に弊害があり「現代の奴隷制度だ」との批判も度々起こっている。川上村に限らずとも全国各地で外国人に対する低賃金重労働、タコ部屋同然の劣悪な住環境や過剰な拘束といった問題が報じられ、例えば2013年に広島県江田島市の牡蠣養殖工場で中国人研修生が従業員や社長を襲撃した殺傷事件があったり、この辺の事情にもまあ色々と深い闇がある。
で、今の時期に川上村のレタス畑を見に来るとあちこちで農作業に勤しむ若い男性の姿を見かける事になる。よくよく見れば肌が浅黒く、明らかに東南アジア系の外国人研修生であると判断できる。6月から10月までに行われる夏季集中型農業で、レタス収穫が最盛期を迎える7月、8月のこの時期はどうしても早朝深夜に及ぶ長時間労働が欠かせないらしく、それに耐えられる若い労働力が必要となるのだ。見ての通り中腰や屈んだ姿勢での長時間作業となり、腰を痛めるリスクが非常に高い。
2012年、川上村で働いている中国人研修生を名乗る人物からの投書が日弁連に加えて何故かアメリカ大使館にも寄せられ、村の外国人研修生の労働や日常生活の苛酷な実態についての告発がなされ、それによって日弁連とアメリカ大使館が川上村に対して勧告が行われた結果、研修生の受け入れを行っていた川上村農林業振興事業協同組合は2014年9月に東京入国管理局により中国人5年間受け入れ停止処分を受けた後、11月に組織を解散している。
その一方で「成功した農村」の一例に取り上げられ「平均年収2500万円の農村」というタイトルの村長の自伝まで出版されるほどに景気の良い話があるその裏側でそのような低賃金重労働・身体的精神的拘束・事細かな罰金制度といった外国人研修生の告発を発端にした内情が報じられるや、ネット上でも「奴隷労働の村」「ブラック農業」などと批判の槍玉に上げられたのだ。
最もそのような悪質な農家は一握りだけで、日弁連の勧告以降はさすがに未だ村ぐるみでその状況を黙認している事も無いだろう(と願いたい)。また、中国人は本国で働くより10倍の賃金が稼げるので喜んで働いてくれるという村長の言葉(2009年当時)もある。
そんな川上村の玄関口が、JR小海線信濃川上駅である。山梨県の小淵沢駅から長野県佐久地方とを結びJR最高標高地点を走る事でも有名な小海線に乗って、日本一標高が高い野辺山駅の次にあるのがこの駅。
駅構内には吉永小百合が映ったJR東日本「大人の休日倶楽部」の広告ポスターがベッタリと貼られていて、この駅でロケを行った事をアピールしている。サユリストな観光客が有難がって記念撮影に来る事もしばしばあるそうで、ポスターの吉永さんも優雅そうな表情を浮かべているが、そこで働いていた中国人研修生を名乗る告発者の生活は同じく吉永小百合主演(当時は高校時代…)「キューポラのある街」に出てくる川口のスラム労働者の家のそれといい勝負だったのかも知れない。
そしてレタスと外国人以外にもう一つ村を有名にしているのが、最近ロシアの宇宙船「ソユーズ」に搭乗し宇宙空間で絶賛活躍中の宇宙飛行士、油井亀美也氏の存在。なんとご実家は川上村のレタス農家だ。そりゃ村の誇りにもなる、至る所にこのような幟が立っているのを見かける。
JR信濃川上駅は川上村で働く外国人研修生が唯一と言って良い、村の外に出る為の公共交通機関となっている。当然ながら彼らの移動手段は徒歩かチャリンコしかないので、村から離れてどこか出かけようと思うとこの駅に来るしかない。従って信濃川上駅前には誰かしら若い外国人研修生の姿があり、その多くはフィリピンやインドネシアなどの東南アジア系だ。
農家の運転するワゴン車の送迎を待つ為に駅前のベンチに座ってたむろする外国人の姿もある。外出制限の有無や程度は農家によってまちまちなのであろう。農家で教育されているのか、我々の姿を見るとみんな頭を下げて挨拶してくる。
日弁連の勧告を受ける前まで、川上村の外国人研修生は中国人が最も多かった。その頃の信濃川上駅近くの公衆便所の壁には中国語で待遇の悪さに悪態を付く落書きが色々と書かれていたという。今はどうなっているかというとですね…
地元のDQNが書いたと思しきくだらない下品な落書きか、このようなヘイトスピーチめいた文言が書いてあるだけで、中国語で何か書かれているのは見かけられませんでしたね。しかしこんな一見長閑そうに見える村なのにここのトイレの落書きの多さは何なんだろう。
駅前は食堂が一軒開いているだけで、コンビニ一軒すら無い。個人商店が廃業してその玄関先が山梨・長野でよく見かける自販機コーナー「ハッピードリンクショップ」になっているくらいである。
外国人研修生を多数招き入れている川上村の特殊事情が街の至る所にある多国籍併記の看板の存在に現れている。「この地域は警察官が巡回しています」…日本語、中国語、韓国語、それに何故かポルトガル語。今この村で実際に働いている外国人の国籍とはあまり合致していない気がするのだが…
割と最近設置されたっぽい、川上村社会福祉協議会による五ヶ国語看板も村内の至る所に置かれている。しかし文言が「どんな犯罪も見逃しません。」って何だよこれ…この看板も日本語、英語、中国語、ポルトガル語、タイ語である。