鹿児島新港前、本土最南端のコリアンバラック集落「鹿児島市城南町」を歩く 

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集落は鹿児島新港前を走る城南通りに遮られて南北に跨っているのだが、今度はそのうちの南側に入る事にしよう。城南通りの南側も結構なオンボロ家屋が道路沿いからちらりと見えている。バラック集落の規模としてはこちら側の方が大きく城南通りと清滝川河口までの約50メートル四方の一帯に狭小住宅が密集している。

PCデポ鹿児島店前の横断歩道から城南通りを跨いで南側へ。住宅街への入口は足を踏み入れるのも躊躇われるような狭い路地である。こりゃ想像以上に凄い…

ただでさえ狭い路地であるにも拘わらず住民が好き放題に置いているガラクタや鉢植えなどが邪魔をして余計に狭くなっているのだ。スラム度数は先程の一画よりも数段上回っている。

そんな民家の玄関先には「花を持っていかないでください」との苦情の張り紙が。こんな場所の花を持ち去るなどどこの物好きなのか想像がつかないのだがその後の言葉が「持って行った人はどうか返しておいてください」とやけに物腰柔らかい。もっと殺伐としてていいのに。

路地の中に入るとクルマどころか自転車を走らせるのも難しい程に狭い道幅。しかも未舗装と来ている。各々の家屋のトタン壁や私物の数々がさらに路地の圧迫感を強めている。

しかし案の定廃屋と化した民家が多く残っており手入れもされずに雑草な伸びきったままの一画も見かけられる。ここはゴーストタウンか…

この辺とか既に家が植物に飲み込まれてジャングル状態になっとりますがな。ワイルド過ぎる住環境である。それこそターザン姉妹でも住んでいそうなテンションだが、あれは鹿児島市内じゃなかったよな確か。

放置されてからの年月が長い為か自然崩落を始めている廃屋の一つ。そのうち大黒柱ごとボキっと行きそうな気配。前を通るだけでもヒヤヒヤさせられます。ここの住民は日常的にこんな場所を行き来して生活しているのか。

こんな路地も昔なら生活道路になっていたのだろうが、ここまで荒れ果てるとちょっと人が立ち入るのも難しいようだ。

ある廃屋の軒先にある屋根付きのガレージ…とは言ってもクルマを出し入れしたり停められるスペースもない訳で壊れた自転車が置き去りにされている。桜島の灰がその上を容赦なく覆い尽くしているというのがいかにも鹿児島らしい。

無数の蔦が絡まる民家の側壁、立て掛けられた木材は目隠しのつもりなのか意図が分からないが何が何だかシッチャカメッチャカになっている。

一部の土地は家が解体されたようで空き地のまま歯抜け状態にされている。やはりここも戦後のドサクサによる不法占拠の末に残った場所なのだろうか…

城南町に関して今ひとつ有力な資料に出会えないので確かな事は言えないが、土地の雰囲気だけは十二分に迫力を持っている。恐らく昭和30年代の下町そのままの景色であろう。

人の営みが消えたバラック集落…かなりの数の家屋がこの一帯に密集していて我々もかなりうろつき回っていたのだが結局住民には誰一人として出会う事はなかった。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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