普天間基地移転先「名護市辺野古」はどんな場所なのか!辺野古社交街「アップルタウン」

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米軍基地キャンプ・シュワブを抱える名護市辺野古地区に作られた宅地「アップルタウン」の街並みを眺めていく事にしよう。辺野古社交業組合事務所の脇から路地に入っていくと既に朽ち果てたかのようなスナック街が現れる。

辺野古のアップルタウンが隆盛を極めていたのはキャンプ・シュワブが出来たばかりの1960年代の事だ。基地に隣接する丘陵地に造成された宅地は自然と米兵相手の飲食街と化した。なのでこの地域を「辺野古社交街」とも呼ぶ。

最盛期にはバーやクラブといった店も100軒以上あったといい、住民に加えクラブに勤めるホステスなどを含めると人口が3000人くらい居たらしく、不夜城の様相を呈していた。それが今では現役で営業している店がせいぜい10数軒くらいしかない。

おおむねこの街には築50年そこそこが経った当時の飲食店のコンクリート建築がそのままの形で残された所が多い。金武町新開地やコザの盛り場などと見比べても、その手付かず感は半端ない。

辺野古は最も那覇から離れた場所にある米軍基地の門前町という事になる。厳密にはさらに北部の国頭村・東村に跨る山地に米軍海兵隊の北部訓練場があるが、僻地のジャングルで街らしい街がないのだ。

元はレストランとして使われていたのが丸分かりな建物。英語で書かれた店名の塗装が剥げ落ちながらも辛うじて残っている。建物の横っ面を見ると、屋上からわっさわっさとサボテンが生い茂っていて凄い事になっていた。

その斜向かいには何やら怪しさが残る建物が…玄関周りの市松模様のタイルと毒々しい色使いの看板が特徴的。KINGという名前のクラブの店舗跡をそのままリサイクルショップが使っているらしい。店の名前までそのまんまなのが笑える。

見た目にかなりオンボロで一見すると廃墟と勘違いしてしまいそうだが、リサイクルショップになっていたりするかと思えば普通のスナックに様変わりしている所もある。金武のように現役で外人バーをやっているような風貌の店はない。

しかし店構えはどこを見ても個性的過ぎる。これらの店が稼ぎ時だったのはベトナム戦争の最中だった。それが終わると、一斉に潮が引くかのごとく客足が途絶え、途端に寂れ始めた。

スナック街の中には「国際電話ボックス」を示す看板が。かつてはこの「異国の地」から米兵達が各々の故郷に電話を掛けていたのかも知れない。今となっては兵どもが夢の跡。

その看板が掛かっていた空色のペンキで塗りたくられたコンクリート建築は「レストランワシントン」の店名を掲げていた。飲食店としてはもう現役ではなさそうだが、普通に住居としては現役。ここも屋上緑化が凄い。

アップルタウンの中心あたり、辺野古交番がある交差点まで出てきた。ここだけはやたらだだっ広い上に五叉路になっている。ここから西側は所謂「社交街」の範疇から外れて普通の住宅地になっている。

その五叉路の角に、一軒の朽ちかけたレストラン兼住居がある。周りにも似たような廃墟系物件が勢揃いしているので別段気にも止まらない物件だが、実はここ、映画ロケ地なんですね。

建物側面にもかつての飲食店の名残りがしっかり刻まれている。塗装がボロボロで何が何やらさっぱり解読不能なんですが。

ここは「ちゅらさん」のブレイクで沖縄ブームとなった時期に上映された「ホテル・ハイビスカス」(2002年・中江裕司監督)の主な舞台になった建物である。作中のホテルとして終始この建物が登場する。

沖縄の基地問題につきまとうネガティブな側面をすべからく排した、ひたすらノーテンキなタッチの映画でした。

映画ロケ地の証拠として、今でも建物玄関ドアの上にはくっきりと「ハイビスカス」の文字が見えるのだ。なお、この映画のシーンの端々で辺野古の街並みが現れる。10年前の映像ですら街並みの煤けっぷりが半端ない。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。

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