普天間基地移転先「名護市辺野古」はどんな場所なのか!辺野古社交街「アップルタウン」

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那覇から60キロ離れた名護市辺野古地区。今でこそ寂れるに任された過疎地域となっている場所だが、米軍基地キャンプ・シュワブの門前町として賑わった辺野古社交街、アップルタウンの街並みは殆ど失われていない。

辺野古社交業組合事務所の建物がある、やたらだだっ広い道に沿って街を眺めていく事にする。わずかに歓楽街の名残りを示す建物が残ってはいるが、殆どが一般住居に転用されているか、はたまた取り壊されて空き地となった所もちらほら見かけられる。

看板の文字が殆ど掠れて読めない代わりに玄関周りの市松模様タイルが、かつてはここが盛り場だった事を如実に示す建物。この市松模様は近くにあったクラブKING(現リサイクルショップ)と瓜二つだ。

一方ではスナックに改装した店舗も…それにしても沖縄のスナックの建物には窓がまるっきり付いていない家屋をよく見かける。それがどこかしら淫靡なイメージを想像させるのだ。例に漏れずこの店も英語で以前の店名か何かが書かれているのがうっすら読める。

この付近に目立つ外観の「イタリアンレストラン」がある。建物をよく見ると琉球家屋の屋根が後ろに見える看板建築。どう見てもイタリアンな感じではないのだが半世紀前のセンスのままやってるんだから、それはしょうがない。辺野古ではトップクラスの有名店であり、辺野古社交街ほぼ唯一の現役レストラン。

別に店名通りイタリア料理を扱っている訳もなく米兵向けのAサイン店として開業した所である。看板だけ見てる限りピザとかタコスが出てくるのかと思いきや、そうでもないらしい。辺野古は女優の黒木メイサの地元でもあり、店内には彼女のサイン色紙が置いてあったりするらしい。

黒木メイサも異国人っぽい顔立ちなので見れば分かるが父親がハーフらしい。確かに日本とアメリカのチャンプルー文化の行き着く先に西洋人っぽい顔立ちの沖縄人がいても何の不思議もない。街中には交通ルールを守りましょうと日本語と英語両方で書かれていたりするし、マジでここが日本なのかアメリカなのか分からなくなる。

まあでもこんなベタな看板が突っ立っているのを見ると、ここはまかりなりにも日本の一部なのだなという事を思い知らされる(笑)

イタリアンレストランの向かいには辺野古社交街唯一の現役食料品店である渡具知ストアー。ここも映画「ホテル・ハイビスカス」にそのまんまな格好で登場する。

目立って残っている店はと言えばせいぜいそんなもんで、後はおしなべて店舗跡が一般住居と化している。壁にペイントされた英語の看板もそのままに。

これも何かの店だったのだろうが粗末なコンクリート作りの納屋のような建物がそのまま残っている。沖縄タイムスの看板がある所を見ると、もしかして新聞販売店か?

やけに看板建築の飾りが目に付く店舗跡。ここも住居に転用されている様子。その隣を見ると場違いな程に随分綺麗なマンションが出来ていた。徐々に街並みは変わろうとしているのだろうか。

一方でベタな沖縄映画のシーンに出てきそうな琉球民家も見られる。瓦が朱色に塗り替えられたばかりらしく眩しくて目に染みる。

米軍基地キャンプ・シュワブの門前町として開発された事が前提にあった辺野古社交街、アップルタウンだが、米兵の盛り場としては役目を終えたらしくすっかり放置プレイをかまされている現状を見る事が出来る。

特に産業もない沖縄の中でも僻地と言っても差し支えなさそうな辺野古の地で、普天間基地の移設問題には住民の熱い視線が注がれているらしい。そこには移転補償金をがっぽり貰ってしまおうと欲の皮の突っ張った一部住民がいるとか(→詳細

政変やルーピーなんかのせいで移設問題は何度も話が二転三転してきた訳だが結局辺野古移設案が唯一現実的であるという話に戻ろうとしている。普天間基地がもしも辺野古に移ってきたら、この寂れまくり状態の辺野古社交街にも再び活気が戻る可能性もある。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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