普天間基地移転先「名護市辺野古」はどんな場所なのか!辺野古社交街「アップルタウン」

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辺野古社交街の街並みを一通り眺めてきたが、最後は社交街の中で最も奥まった一帯、辺野古コミュニティセンター周辺を歩き回る事にする。

パッと見ると集落の公民館的施設かいなと思う訳だが、実は辺野古の公民館はこことは別に少し離れた場所にやたら立派な建物があって、さらに国道329号沿いには2004年に設立されたばかりの巨大な国立沖縄高専の校舎がデデーンとそびえている。米軍基地を受け入れているこの地域に国の補助金がしこたま注入された結果らしい(→詳細)。

高台にある辺野古コミュニティセンターの駐車場から見える本島東海岸。今でも基地反対運動に躍起になるプロ市民の方々が浜辺で「ジュゴンの海を守ろう」などと言って四六時中座り込みで抗議活動を続けているそうだ。

辺野古沖で国による海底ボーリング調査が始まった2004年4月19日に集まったプロ市民の抗議を発端に続いている座り込みは7年目、既に2500日をオーバーしている。暇な人達だなあ…

そんな辺野古コミュニティセンターの駐車場向かいを見ると、なんと丸焼けになったコンクリート家屋がそのまま放置されていた。過激派が火炎瓶を投げたとかじゃなくて?まさか。

ぽっかり開いたままになった玄関口から悲惨な姿に変わり果てた家屋の中身が見える。魔除けであるはずの石敢當もここでは通じなかったようだ。

建物の真裏に回ると、やはり元は米兵相手のバーだったらしく「New Okinawa」と屋号が書かれた塗装がくっきり残っていた。これだけ派手に丸焼けになってもコンクリート建築なので土台だけはしっかりしている。

向かいの建物はトロピカルな蛍光レモン色の塗装が眩しい「スナックハワイ」。ここはなんとか現役らしい。

その間の脇道からも飲食街がずらりと並んでいた。歩き回るには少々広い感じの辺野古アップルタウンの中でもこの一画は特にアメリカンな風情が濃厚に漂っている。

赤茶色一色で覆われたすんごく古風なデザインの「Club Seamens」の遺構。シーメンズ(海の男達)ですか。アルファベットがいくつか抜けたら放送禁止用語なスラングですね。

特にこの付近のバーの遺構は概ね綺麗に保たれている。アメリカの片田舎を散歩しているような気分になる事請け合い。しかし建物は殆ど廃墟ばかりでゴーストタウンそのものだ。

フォントの種類や大文字小文字がバラバラになっている「Bar Cassey」店名のロゴ。意外とよく見かける。一時期こういったセンスのものが流行っていたのかしらね。日本語でこんな店名ロゴを作ると間違いなく犯行声明文チックになるはずだ。

ここはまだ辛うじて人が住んでいるのだろうか、軒先に沢山の植木鉢が置かれていた。2階部分は屋根がボロボロになっている。「Club Mars」。

さしずめ金武町新開地あたりならタコライスが名物だと多少は知られているので観光客が来るかも知れないが、辺野古ともなるとさすがに遠い。米兵が去った後の街は何十年も放置されたままといった感じだ。

極めつけには巨大な星条旗のイラストが壁一面を覆い尽くしたクラブの建物だ。アップルタウンは造成されてからずっとアメリカと共に生きてきた。そしてこの先、普天間が移設されるか否かで街の生死が分かれる事になるだろう。


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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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