世界遺産「富岡製糸場」のある街、富岡の街並みと二町通りの遊郭跡

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自然崩落する廃墟スナックが残る二町通りの路地裏

富岡市 富岡

二町通りを中心にその脇道にはまだまだ飲食店がびっしり看板を掲げて独特の空間を醸し出している。かつてこの路地を多くの遊客が行き交い、肩が擦れ合う程に栄えていたのでしょうか…

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こちらのスカイブルー色のスナックEveも建物の形状が独創的過ぎて泣けます。元赤線地帯っぷりを容赦無く見せている訳である。

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さらにその北隣の一角は廃墟化した飲食店バラックが軒並み荒れ果てた姿を晒していて見た目にも随分アレな感じになっていた。

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東日本大震災の揺れで崩れたのか、それともこの間の異常豪雪で壊れたのか、詳しくはよく分かりませんが外壁のモルタルが剥がれて落ちたまんまになってる箇所もあり。

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この店なんか屋根ごと既にクラッシュしておりますのでもはや建物として機能してません。ちなみに富岡には2012年4月と2014年3月の二回訪問しているが、最初の時点でもうこんな感じでした。

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ちなみにここは2012年撮影の写真と見比べればこうだ。豪雪で屋根の崩落範囲が増えているのと、隣の建物の外壁が崩れていない事がお分かりになるだろう。

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銀座通りと二町通りの間を走る二本の細い路地の西側には「パチンコ幸楽」の看板が掛かる飲食店と思われる店の残骸が見られる。パチンコ屋の看板なのは分かるけど、この建物がまさかパチンコ屋だった訳ないですよね。謎めいてますね…

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さらに二町通りの東側にはかなり風格ある佇まいを残す「萬屋料理店」の建物があり、かつての富岡の隆盛ぶりが垣間見られる。今も営業しておられると思われますが…

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萬屋料理店の玄関脇に掲げられた「お知らせ」の看板がこれまた年代物で、昭和34年4月の日付が記されている。日本国の遊郭史にピリオドを打った売防法完全施行があった昭和33(1958)年の翌年設置されたものという事になる。萬屋料理店は「創業100年の老舗割烹料亭で昔は見番を通して芸者が大勢出入りしていたそうです」と傍らの案内板に紹介されていた。

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よろづや以外にも富岡には古い割烹の看板を掲げる店がいくつか見られた。明治時代、この土地から日本全国に近代工業化が広がっていったと思うと、感慨深くなりませんか?

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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