世界遺産「富岡製糸場」のある街、富岡の街並みと二町通りの遊郭跡

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女工達が過ごした昭和の街を体感、龍光寺「工女の墓」を訪ねる

富岡市 富岡

で、二町通りから北側、国道254号の南側を並行する銀座通りに出る。ここも昔は富岡で一番の商店街だったそうだが寂れに寂れ、製糸場に近い側は二町通りのような飲食街になっている。

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乙な質屋の看板もありますよ。遊里に近いところにはこの手の看板が必ずあるもので世の中うまく出来ている。

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富岡銀座とも呼ばれる銀座通、昔はその名の通りの場所だったのだろうがモータリゼーションの結果空洞化して久しい。その分昭和な街並みがそのまんま残されていて、こちらもかなり懐かしい気分に浸れる。

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銀座通りの東側は道幅が狭まり、その付近には現役営業中の肉屋さんやら何やらがぽつぽつ残っている。肉屋の看板は高崎ハム、看板には豚さんの絵。群馬と言えば上州豚ですからねえ。

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銀座通りの昔の様子が紹介された案内看板。電気館通りという通称もあって映画館が5軒もあったらしいですよ。今は映画館は一軒も残っていない。

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銀座通りから北側に外れた「トンネル横丁」と呼ばれていたらしい細い路地には土着臭が凄まじい古い大衆食堂も残っている。

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そんなトンネル横丁から国道254号を跨いだ北側にある「神部医院」の三階楼も見逃せない。これは元々どんな建物だったんでしょう。丸窓なんかもあって非常に元料亭だったっぽいですが、一見すると町医者にはとても思えない威容を誇る。

<追記>Twitter上で教えて頂きましたが、やはり元々料亭だった建物を買い取って町医者さんになったそうです。

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散々歩き回って小腹も減ってきたので何か食べる事にしよう。角地にでーんと店を構える凄まじくレトロな佇まいの「軽食富士屋」が目に止まった。なになに焼そばと中華そばと甘味が食べれるとな。入りましょうね。

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富士屋は昭和30(1955)年創業で半世紀以上この土地で軽食と甘味が食べられる土着の食堂としてやってきている。現役時代の富岡製糸場で働いていた工員達の胃袋を満たしていた店の一つだ。時折観光客がちらりと入る以外は極めて静かな店内。

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小腹も減ったので焼そばを食べる。中華スープ付きで500円。他にもラーメン、カレーライス、甘味はあんみつ、おしるこ、夏場はかき氷もやっている。

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さらにクリームあんみつ(450円)も食べましょうね。昭和30~40年代の富岡に居た女工達は100円持って映画を見て富士屋であんみつ食って…という休日の過ごし方をしていたとか。全てが昭和体験だ。

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最後に、富岡製糸場で働いていた女工の墓があるという龍光寺を訪問する。銀座通りから近い国道254号沿いにある。

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比較的待遇も良好で「あゝ野麦峠」のようなベタな女工哀史は無かった富岡製糸場だが、それでも日本全国からやってきた女工達が不幸にも病に倒れ命を落とした例も少なくない。明治時代に死亡した60人もの工女の墓が市指定史跡として龍光寺内に残されている。他の立派な墓石と比べても二回りくらい小さく、やはり物悲しさを誘うものである。

富岡の街並みと二丁通りの遊郭跡



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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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