【岐阜市】くたびれたアーケード街、ブルース感漂う昭和の盛り場「西柳ヶ瀬」を歩く

名古屋の植民地、岐阜市と言えば駅前一等地にボロくたびれた特殊なお風呂屋さんばかりが立ち並んでいて、全国一恥ずかしい県庁所在地だと笑う他ない「金津園」がもっぱら有名だが、岐阜の中心繁華街は駅から北に1キロ程離れた「柳ヶ瀬」である。この柳ヶ瀬というのは美川憲一の歌でも知られる有名な場所で昭和の時代には人混みを避けて歩くのが難しい程の繁華街だったが、紡績などの地場産業や繊維卸の衰退、名古屋への一極集中もあって年々寂れてしまい、市民の足であったはずの岐阜駅前から走っていた名鉄の路面電車も廃止されてしまった。

そんな柳ヶ瀬にやってきた我々取材班。岐阜駅前の金華橋通りを北上した所で柳ヶ瀬通りのアーケード商店街が東西にそれぞれ伸びているが東側が一般的な中心繁華街で、西側は地元のオッサン連中のリフレッシュスポットが勢揃いした大人向け歓楽街という分かりやすい棲み分けがされている。

この西側のアーケード街は通称「西柳ヶ瀬」と呼ばれていて、昼間は見ての通りもぬけの殻のような人通りのまばらな商店街だがよく見ると無料案内所やらキャバクラ、それにピンサロやらが立ち並んでいて随分胡散臭い。元々金津遊郭があった場所で、アーケード街はかつての「大門通り」。岐阜駅前のソープ街は元々ここの遊郭跡が発祥となる。戦時中に遊郭は郊外の手力園に移され、戦後岐阜駅前の紡績工場跡地に移転した。

知っての通りソープは金津園一辺倒だがそれ以外の業種が全てこの西柳ヶ瀬界隈に集まっているとも言える。どのみち名古屋文化圏らしい破廉恥っぷりを晒した商店街なのだ。

若干寂れたとは言えども美川憲一も歌った程の柳ヶ瀬の夜の盛り場だけあってアーケードを外れた一画にもスナック街が続いている訳で。どうでもいいけどあの歌の歌詞って柳ヶ瀬の地名以外に岐阜のネタが何も出てこないよね。

パチンコの景品交換所の隣に閉まったままのシャッターがありそこには昭和の柳ヶ瀬の残り香を漂わせるレジャー施設店舗一覧が掲載されている。グランドキャバレー・コマスタジアム、紳士の社交場・ムーランルージュ、アルサロ・花束、ファッションパブ・サンマルコ広場…聞くだけでギラギラしてきそうなネーミングの数々。もう殆ど残ってないんだろうな。

最盛期にはこの西柳ヶ瀬だけでも映画館が12ヶ所、キャバレーも11店舗、バーが300店舗あったというのだからその盛況ぶりは今よりも何十倍も凄かっただろう。最近ではキャバクラや風俗店の客引きがたむろする程度である。

今となっては西柳ヶ瀬商店街の店舗案内はキャバクラとホストクラブばかり。概ね建物も建て替えられて当時の面影らしきものはあまり残っていない。

ひたすら無料案内所とキャバクラばかりでゲップが出そうなんですが…左側の案内所の店舗は以前はピンサロだったはずだがいつの間にか変わっていた。最近柳ヶ瀬では風俗店排除の動きが強く、2012年岐阜国体開催の影響もあって取り締まりが厳しくなっているとの事。

スナックとキャバクラが入居する雑居ビルの一つ「柳五ビル」。実はこのビルの中に「柳ヶ瀬浴場」という銭湯が入居している。全然そんな風に見えないので意外過ぎる。地元の爺さん婆さん御用達か。

そんなビルだからか知らんが入居しているキャバクラの看板が「リーマンから後期高齢者までみ~んなWelcome!」と書かれていて思わず吹き出しそうになった。後期高齢者の夜遊びね…切実だ…

ここがどうやらさっきのシャッターに書かれていたグランドキャバレー「コマスタジアム」だった場所のようだ。キャバクラかホストクラブの宣伝しかないので食傷気味なのだが「モビスタジアム」と書いてあるのはせめてもの名残りか。風情もへったくれもないですが。

まだまだ続く商店街のキャバクラ群。大体この手の店は似たり寄ったりでそろそろマンネリ化してきたので端折っていきましょうねー。

場所柄がそうさせるのかも知れんが商店街のアーケード支柱には夥しい数の落書き。しかも他人を誹謗中傷する内容ばっかり。よっぽど陰険な人種なのかしらね。人を呪わば穴二つと申しますからね。恨み言は宜しくありませんねえ。

そしてアーケードを外れた辺りの雑居ビルの入口が随分カオスな事になってました。多分個人所有の住宅だろうが、これは一体…

入口が貼り紙だらけでカオス極まりない状況になっている。気が触れてしまったのか。新聞記事の切り抜きやら東日本大震災の義援金を受け付ける謎のビラなどが乱雑に貼りまくられていた。

まあなんというか右寄りの電波がひしひしと感じられる訳ですが…ややこしいのでさっさと離れましょうね。絡まれると面倒臭いので。

さっきの古ぼけたシャッターに書かれていた「紳士の社交場ムーランルージュ」がまだ残っていた。赤い風車…パリのモンマルトルにある超有名な劇場から拝借したんでしょう。普通の「レセプションバー」らしく本場のようにトップレスの姉ちゃんが踊ったりはしてないようです。創業55年らしい。かなり老舗。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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