山陰の商都・米子の盛り場「朝日町」のごちゃっとした街並み (4)

思いの外、濃密過ぎる路地裏風景の宝庫であった米子市朝日町界隈の探索も長々と第4編まで続けてきた訳だがこのへんで締めておく。最後は盛り場の南端を流れる旧加茂川沿い。

この旧加茂川は米子の街の中心を流れる川。かつて米子城の外堀として400年程前に開削された水路で、川沿いに歩けば米子の街並みがつぶさに観察出来るような場所であるが、盛り場との境目に掛かる覚証院橋の上に「咲(わら)い地蔵」が置かれている。



咲い地蔵の名前の通り、確かににんまり笑ってポーズを取るお地蔵様が鎮座している訳だ。しかし何故橋の上に作ったのだろうなあ。不思議。傍らには「念じれば花ひらく」の石碑がある。

立像座像と2体並ぶ咲い地蔵の隣には由来が書かれていた。「咲い」は「笑い」の古語であって「さきい」とは読まないのである。空洞化激しい中心市街地だが今でも地元民の厚い信仰を受け大事に手入れされている。

咲い地蔵のそばに貼り付けられた夥しい数の札。赤と白の紙に「南無地蔵大菩薩」の文字が書かれている。この光景を見て京都の安井金比羅宮を思い出したのだが、多分そことは念じる内容のジャンルが違うと思う。

覚証院橋を渡った先は米子市役所や米子駅など中心市街地に近くなる。もうここから先はスナック街とか盛り場めいたものはない。

橋を渡らずそのまま川沿いの風景を眺めてみる。なんと旧加茂川の上を塞いでパチンコ屋やら何やらが自分の店の前の区画に橋を掛けてしまっている。咲い地蔵のご加護ではないがニヤニヤしてしまいそうな光景。

川の上を恐らく自転車置き場にしてしまっていたのだろう、パチンコナショナル。残念ながら見た感じでは廃業したまま建物そっくり放置プレイである。しかし廃墟だらけで酷いもんだ。

隣の自転車屋もご覧の通り橋の上が作業場になっております。自転車や植木鉢が乱雑に置かれていた。河川法とかそういう堅苦しい話は無いようです。大らかな土地柄ですね。

このような感じで旧加茂川の上は私設橋が乱立しておりなかなかカオスな街並みを生み出している。橋の姿形もてんでんばらばら。

そんな旧加茂川は西倉吉町あたりで急に左方向にクランクしている。その先の所には「笑い通り」なる商店街(西倉吉町商店会)が。笑い声が聞こえてくるどころか閑古鳥の鳴き声が頭に響いてます。

笑い通りの先にはアーケード街の「本通り商店街」。この界隈が最も古い市街地なのでレトロっぷりが際立っている。廃れっぷりも際立ってますが。

そして古い散髪屋のモダンな看板建築もここには残っていた。「第一モテル館」だと。かっこ良く頭を刈ってモテル男になろうの「モテル」か。いや違うか。建物だけ残ってて散髪屋自体は無くなってしまい、よくわかんないボランティア団体の事務所に使われてるっぽい。

アーケード街の出口付近に残る渋い店構えのうどん屋さん。さっきから潰れた店ばかりなのでここもまだ商売してらっしゃるのでしょうか疑問ですが…

しかしなんだよこのRMGって店は…18禁マークでびっしり店のドアが隠されてるし怪しい店だな…と思ったらスロット専門店だった。潰れてるけどな。周囲の古く渋い町並みから見るとかなり浮いている。景観破壊ニダ。

本通商店街の中も同様に古臭さ全開な訳だが殆どゴーストタウン化しとりますね。ここから米子駅に続く道もじっくり探索したかったが皆生温泉や境港行きの予定を控えていたので無理があった。また今度だ。

ちなみに咲い地蔵の他にもこの界隈には出現地蔵大菩薩なるお地蔵様が鎮座している。アーケード街出口の近くの、建て直して綺麗になったビルの谷間に挟まっているのだが…

由来を読むと何やら霊感だのテレパシーだの文言がちょっとスピリチュアルで電波な感じがしたのだが昭和初期に地中から掘り出されたお地蔵様という事らしい。
…という訳で最後は盛り場探索というより普通の街並み探索っぽくなってしまった訳だが、なかなか面白かった。また米子に遊びに来よう。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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