【焼津市】やさぐれた遠洋漁業の港にあった色街…「焼津港の赤線」を見に来た

やってきたのは静岡市のお隣、国内屈指の遠洋漁業基地として知られる焼津市の焼津港。この場所にやってくると、かつて冷戦時代にアメリカの水爆実験で被爆したマグロ漁船「第五福竜丸」の事を思い浮かべるのだが、あの船の母港でもあったのがここ。

JR焼津駅から1キロの位置にある瀬戸川河口、焼津市中港五丁目あたりにはかつて海の男相手の慰安所たる赤線地帯が存在していたという話を聞きつけて現地の様子を見に来た。この界隈は地域の鎮守たる宗像神社から「弁天地区」と呼ばれ、売防法施行以前には沢山の“夜の営業”をしている飲食店がひしめき合い、遠洋漁業従事者の慰安所として機能していたとされる。

なんせ一旦海に出れば何ヶ月も戻ってくる事もない、命の危険すらある過酷な仕事に従事する荒くれた男どもの相手をする盛り場だ。ここで夜な夜な、見知らぬ相手と一時の逢瀬を交わし、船出の時を臨んだ男どもは数知れず。

売防法施行後もモグリで営業していた店舗が多かったとも言うが、こんな観光客が来る様子もない場所のこと、地元民でもなければその事情は詳しく知る由もない。ぶらぶらとそんな街を歩くが、未だにどうしようもなく男臭さが溢れる街並み。単身者向けのボロアパートが妙に多いのも地域性からか。

ただ、かつての赤線地帯の名残りとして「銀水楼」という屋号の元妓楼や、カフェーとして営業していたっぽい飲食店の残骸なんぞが見られるのが生々しい。一通り巡った後、中港公園の津波避難タワーから界隈を俯瞰すると、乾いた港町の寒風が身体に沁みてくる。なかなか渋い街っすね、焼津…(2014年訪問)


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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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