【ほっこり○○島】三重県志摩市「渡鹿野島」の可愛いブイアートとわたかの園地

何かと怪しげなイメージしか沸かない三重県志摩市の「渡鹿野島」だが、島には270人もの住民が暮らしていて、小学校こそ無いものの、島の中には廃墟になった保育所もあるように、高齢化する島で今でも子供が生活している事が考えられるわけで。

島の形がハート型に近いので、カップル観光客を呼び込もうと「ハートアイランドわたかの」とか言い出しているらしいが、江戸時代から遊郭の島としての歴史を歩み続けてきた負のイメージは簡単に消えるものではない。
そんな渡鹿野島で、イメージとは裏腹に「ほっこり」するような光景に巡り会える事も全く無い事はない。

渡鹿野島にあるブイアート

「はいふう」の裏手に出ると何やら賑やかな一画がある。田舎の漁港に来るとよく見かけますわな。ブイを使って色々キャラクターを作っちゃってる光景。ブイアート言うやつでんがな。

4年前の2008年に渡鹿野島に来た時よりもブイ職人の作品がいつの間にか増えている。モチーフは渡鹿野の漁師でしょうか、船乗りカエル一家。

こちらは音楽ライブ中のカエル軍団。様々な楽器を手に演奏をしている格好だが、なかなかハイクオリティである。

さらに太鼓を演奏するカエル軍団。

これは見ての通り、イカとタコ。

孫悟空に三蔵法師などなど西遊記な方々もおられますよ。かなり本格的な作品である。職人さんもたいそう器用なこった。

さらには黄門様と助さん格さんまでもが…もうちょっとしたテーマパーク状態である。マダマダガンバレにっぽん…って、渡鹿野島ももう少し頑張って欲しい。

さらには苦しげな表情を浮かべているようにも見える「ドラえもん」までいる始末。

ブイアートが並ぶ一角には地元の小学校児童が作成した「歩きタバコ」を咎める注意書き看板が掲げられている。渡鹿野島には小学生も住んでいるという事がこれでわかる。しかし島内には小学校どころか保育所もない。渡鹿野島に住む子供は対岸の的矢地区にある的矢小学校に通っている。

わたかの園地に行ってみよう

渡鹿野島にはリアス式海岸の的矢湾を一望できる絶景スポットも存在する。島の北側まで行くと「わたかの園地」に抜ける山道が分岐しているので登ってみる事にしましょう。遊園地(特に大人の)みたいな大それたものではない事は重々承知している。

結構しんどい山道を這い上がってくると非常に見晴らしの良い高台の公園が現れる。これがわたかの園地らしい。案の定誰も居ない。

公園の傍らには「航路標識用の石柱」。的矢湾が江戸時代に菱垣廻船などで栄えていた頃の名残りを示すオブジェとして最近置かれたものらしい。ぽつんと石柱だけ置いてあってもやたら地味なんですが…

「伊勢志摩国立公園渡鹿野園地」の看板。表向きには特に観光名所もない渡鹿野島で唯一普通の観光スポットとしてお勧めされている場所である。

わたかの園地から伊勢志摩独特のリアス式形状な的矢湾の風景を堪能する事が出来る。昭和の時代には近鉄電車で伊勢志摩観光というのは関西東海圏では黄金パターンだった訳だが、こんな僻地の島まで来る物好きも昔程は居なくなった。

地図で見ると本当に小さい島だがリアス式海岸のせいで周囲の全長は7キロもあるらしい。随分ひと目に届かない場所にも民家の小屋が建っている。人目を忍んで暮らすには最適な場所なのかも知れない。女護ヶ島の歴史が必然であったかのように。

江戸時代から続く遊郭の島の歴史がほのかに息づく現代の竜宮城、それが渡鹿野島という場所なのだろうか。わたかの園地の麓にぽつんと置かれた浦島太郎と乙姫様の顔ハメ看板はやけに皮肉めいている。


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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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