【戦後沖縄の原点】那覇市最初の盛り場「神里原社交街」の激渋ぶりをご覧下さい

那覇の中心市街地にはいくつか「社交街」と呼ばれる夜の盛り場が点在している訳だが、戦後になって形成された盛り場の中でも最も古くから栄えたのが壺屋のあたりにある「神里原(かんざとばる)社交街」である。終戦後那覇市内の全域が米軍によって接収され立入禁止区域となり、その後初めて禁止区域が解除された直後の一帯で、桜坂や竜宮通り以上に古い歓楽街が未だに残っている。

現在も神原大通りに沿って戦後のドサクサで出来たようなオンボロバラック酒場の成れの果てが残っていて風景が異様だというので、見に行った。

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那覇のマチグヮーを抜けた先、農連市場などがあって地元のおじいおばあが一杯300円の激安そばスタンドで沖縄そばを一心不乱に食らっているDEEPな街中の一角に、神里原社交街は存在している。

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通行量の多い車道に面して、のっけから真っピンクで鋭角なコンクリート建築のスナックビルが現れる。ここから神里原社交街は始まっているのだ。とはいえ桜坂社交街のようにここが神里原だと主張しているようなゲートの類は全く存在しない。住所も那覇市壺屋だし「神里原」というのは通称という扱いになっている。

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ピンクの建物に隣接して裏側から現れるコンクリート建築もやはりスナックビル。昼間っからどこかしら胡散臭げな匂いが強い。

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そして建物1階部分の壁にベタベタと貼られたホステス募集の看板と、悪質営業業者追放と赤文字の見出しで、道路での客引き行為を禁じる云々と書かれ那覇警察署の署名のついた看板が意味深過ぎる。再開発で健全化していく一方の桜坂社交街とは真逆で、神里原には近寄り難い匂いがそこはかとなく漂う。

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見た目には普通のスナックビルなのだが、これが夜ともなると店先にパイプ椅子を置いてデーンと通行人に向けてタバコをプカプカ吸いながら座っている中高年おばさん軍団の姿が見られる。まあつまりそういう事なんでしょう。

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お天道様の出ているうちは大人しいもので嘘のように静まり返っているが、夜になってからこのビルの前を通るのは少し勇気が要る。

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向かい合うピンクのスナックビルの裏側にも店が一軒。まん丸な看板が横付けされている。「カフエ カンナ」。やっぱり今どきのカフェじゃなくて、昭和の赤線時代のカフエーでしょうか。

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スナックビルから先、神原大通り方向に入る脇道に足を踏み入れると、そこには廃墟同然で佇むオンボロスナック街がひしめいていた。半端ないうらびれ方をしている。

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さらにその裏側の2階建てのバラック酒場の建物を見るやいなや絶句してしまうボロ具合である。継ぎ接ぎだらけのトタンに遮られて窓一つない2階部分では何が行われてきたのか、ここに「戦後」沖縄の原点は確かにあったのだ。

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こちらも同様に廃墟寸前だが辛うじて「カフェーこはん」の看板がある。カフエーですね分かります。トタンが錆びついたまま経年劣化で庇が物凄い色に変わっている。

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神原大通り、那覇市の南側からマチグヮー方面への抜け道としても使われるルートだが、昼間は寂れに寂れた場末の歓楽街といった風情しかなく、潰れかかった商店が並んでいるだけである。

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長屋の商店となった建物が並ぶ神原大通りも昔はちゃんとした商店街だったのかも知れない。既に営業していない家具屋の看板はすこぶる古い。あとは酒屋とか質屋とか。

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だがこの神里原社交街は戦後の時代からずっと那覇のダークサイドな歓楽街として存在し続けてきた。スナックの玄関に佇むは既に年老いた私娼。沖縄の言葉でジュリグヮー(尾類小)と呼ばれる人たちが、今でもいる。

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道の両側に歯抜けになった空き地に駐車場が目立ってくる。周囲の建物もいつしかオンボロ家屋だらけとなり、家電の投棄などが多い。神里原社交街は最近大火事に見舞われたらしく、バラック酒場の建物や薬局のビルなどが丸焼けになって一帯が取り壊されたらしい。

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道を挟んで向かいには怪しげな2階建てのスナックだらけのバラック長屋が連なっているのが見られる。見事なトタン葺きである。2階には窓がトタン板で塞がれているのか付いておらず中がどうなっているのか外からでは見えない。

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スナック街の建物は奥の路地にも続いている。ちょっと危険な香りすら漂う路地だがこんなのを見てしまったら入らない訳にもいくまい。見事なブルートタンに統一された建物には「スナック青い」…そのまんまやがな。店の玄関先には意味深に置かれた椅子。

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細い路地の中に入ると、昼間のスナック街はひたすら静寂に包まれている。やはり生活空間となっているらしく住民の立てる物音が聞こえてくる。

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その先には、裏道に通じているのかどうか分からない階段、両脇には空の色に負けないくらい鮮やかなブルーで塗りたくられた外壁のバラック酒場の建物が印象的だ。周囲の鉢植えのトロピカル具合も相まって何とも濃密な路地裏風景を作り出していた。

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…それにしてもこの路地裏には野良猫がやたらと多い。全国どこに行っても路地裏には猫なんですね。この一帯は普通っぽい居酒屋も紛れている。

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路地をぐるりと抜けて元の神原大通りへ戻る。こうして見ると意外に奥行きが深い路地裏だった。野良猫が3匹も陣取っている。これが夜になると猫の代わりにスナックのオバアが路地裏にちょこんと座っている訳だが。

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スナック街がある以外は殆どが廃墟になりかかった古い街並みが取り残されているだけ。歓楽街としてはすっかり老いぼれてしまっているのが現在の神里原社交街だ。これが夜になるとどんな風景に変わっているのかどうしても様子を確かめたいので、もう一度日が暮れてから出直す事にする。


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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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