【沖縄最古の盛り場】オバァが闇夜に手招き…那覇市「神里原社交街」の怪しすぎる夜

再び夜の神里原社交街へ。人通りの消えたマチグヮーを抜けて壺屋のあたりまでやってきた。ちょんの間地帯として今でも現役なのかどうかを見たかったのだ。

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神原大通りの入口付近に来る。この辺は夜中でも比較的賑やかな場所である。混雑する国際通りを避けて東西に移動するルートになっているので車通りも多い。

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24時間営業の沖縄そばスタンドもあれば、その奥には沖縄一朝の早い「農連市場」もある。そんな土地に隣り合って那覇のダークサイドを象徴する街並みは闇夜にひっそりと姿を見せているのだ。

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沖縄そば屋からも見える道を挟んだ向かいのスナックビル。怪しげなネオンサインが光っていて、盛り場らしい姿を見せていた。ビルの前に椅子を並べて座る中高年のオバハン達がいる。目の前を通りがかる男どもに誰かれ構わず声を掛けているようだ。

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スナックのネオン以外は殆ど灯りも乏しい夜の神里原。スナックの店の扉は開け放たれたままになっている。時折カラオケが聞こえてきたりして南国沖縄らしくどこかしら開放的だ。

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先程のスナックビルから神原大通りに抜ける脇道にも沢山のスナックが立ち並んでいる。半分以上が店を開けていないが、開いている店の多くは店先からオバァが顔を出したり、椅子を出して座っている。すこぶる怪しい。

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神里原社交街に居るのは若くても40代、中には60、70代もいるらしい。これ以上場末の盛り場らしい街並みを残すのはこの土地を置いて他にはない。戦後を丸ごとこの土地で生き抜いているオバァも、もしかしたら居るかも知れないな。

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神原大通りに入った側のブルートタンスナック群にも訪れた。道路側の店が一軒開いている以外は照明が消されたままだ。逆にここは昼間に来ると意味深な表情でこちらを見ながら座っていたオバァ軍団が居た。店によって営業時間はまちまちらしい。

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恐る恐る路地裏にも足を延ばしてみた訳だがどの店も閉まっている。夜の方が栄えていただろうと思い込んでいたのに、この風景は異様過ぎる。既に潰れた店だらけかも知れないが。

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昼間は野良猫だらけだったそそられる路地裏ゾーンも、おでん屋「六助」が一軒ネオンを灯していただけで何も変わった所はなかった。

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通りに沿った商店もシャッター街のままだし、路地裏の奥に至るまで街は殆ど死んだようになっていた。もうこの社交街も戦後の長きに渡っての役目を終えたのかも知れない。

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現在国際通り方面から工事中の新しい道が桜坂社交街をぶちぬいて壺屋方面に繋がって来る訳だが、そうなるとこの付近の街並みも何かの拍子に一気に変貌するかも知れない。

2009年にあった大火事で神里原のスナック街が丸焼けになるわ、おまけに真栄原社交街やコザの吉原など県内の有名どころも次々壊滅させられている中で、遅かれ早かれいつ那覇のダークサイドの象徴であるこの風景が取り壊されて消滅してもおかしくないだろう。


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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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