下北半島・むつ市において、市役所や繁華街などが集まる中心は田名部(たなぶ)という街である。
南部藩時代に代官所が置かれた田名部は現在まで下北半島の中心地として街の歴史を刻んでいる。
田名部へはかつてJR大湊線下北駅から下北交通大畑線という鉄道が走っていたが2001年に廃業、現在廃駅となった田名部駅の近くに、下北半島の鎮守である田名部神社がある。
この田名部神社を中心に、有り得ない高密度でスナックや居酒屋、ナイトスポットが密集しまくっているというカオスな光景を拝めると言う話を知り、この街にやってきた。まずは田名部神社を軸に街を散策していこう。
田名部神社では毎年8月に例大祭である「田名部まつり」が盛大に催されるが、津軽地方に見られるねぶた祭りとは違い、北前船に乗って関西と北国を往来していた近江商人、上方商人の影響を受けた祭りで、京都の祇園祭のように山車が街を練り歩く事から「北のみやび」とも呼ばれているとか。
意外な所で関西と青森で文化の繋がりがあるものだ。
極厚の屋根と骨太の社殿を構える下北半島を代表する立派な神社を拝むのもそこそこに、我々は神社の周りを包囲しているという飲食店街の様子を見に行く事にした。
まず神社の左手へ向かうと、ネーミングそのまんまな「神社横町」がのっけから俗っぽさ全開で来た者を出迎えてくれる。
この神社横町が田名部神社の西側と北側をがっちり包囲しているのだ。
神社境内側の屋根付きの通りが「後通り」となっている。すぐ隣の神社が放つ荘厳な雰囲気とは180度真逆のテンションである。
まずは後通りから攻略することとした。アーケード状に取り付けられた屋根は比較的真新しいものだが手作り感全開である。意外に小汚さもなくあっさり風味の横丁となっている。
後通りには10店舗程の居酒屋・スナックがあるが、やたら野良猫が多いのも特徴。まだ日も暮れていないのに、とある店の前が早くも騒がしい。
改めて振り返って写真を一枚…と思ったら、とあるスナックのママが現れてこちらにピースサインを送ってくれた。なんだか大阪のおばちゃんみたいだ。きっとこの辺の人達の先祖は大阪から北前船に乗ってやってきたのだろう。そう勝手に決めつけておく。
続いて神社外側の前通りを歩く。こちらは屋根が無く、並んでいる建物の形もまちまちである。バラック居酒屋っぽい雰囲気が出ているのは、こっちの方だな。
しかし後通り同様見事に居酒屋だらけの光景で素晴らしい。バラック建てが神社の横に一直線に続いている。
で、また別の野良猫に出くわした。人馴れしているのかしてあまり警戒感もなく、ボケーッとした面構えで人間を見つめる。
しょっぱなからアクの強い居酒屋横丁を見る事が出来て大満足だった。やはり田名部という街は一味違うようである。前通りを過ぎて次は神社の北側へ回り込む事にする。
下北半島の鎮守、田名部神社の周囲が「神社横町」をはじめ飲み屋街に完全に包囲されている。
神社横町沿いに田名部神社裏側の路地に回ると、途中から舗装もなくなり砂利道の中をバラック居酒屋が並ぶという光景に変わる。おまけに色とりどりのスナックの看板がさらに怪しさを盛り立てている。
これで写真を白黒に変えて「昭和30年代くらいの写真です」と嘘をついても多分バレないと思われ。
砂利道は途中で左に折れて続く。正面に「桃」と書かれた居酒屋が見えている。
バラック酒場の中には「くノ一」まで忍び込んでいて油断もできない。本州最北端の歓楽街はすこぶる個性的である。
スナックの玄関に掲げられている青森県とむつ市の飲食店組合証。
「むつ市」という市名は日本で初めてのひらがな市名としても知られるが、大湊町と田名部町が昭和35(1960)年に合併し市政施行した当初は大湊田名部市と名乗っていた。
大湊も田名部も大きな街でそれなりにプライドも高いので市名案で大湊と田名部のどっちを頭に持ってくるかで大揉めした挙句、かといって長過ぎる市名も不便だ。その折衷案がひらがな市名だった訳だ。
浦和と大宮で仲が悪いさいたま市も似たようなもんだが。
神社に面したバラックは概ね健在であるのに対して向かい側のスナックは潰れた店が目立っていて対照的だ。
さらに隣の2階建て民家はまるっきり廃墟と化していた。窓ガラスが壊されていたりと言う事はないが、2階部分の障子がボロボロだ。
居酒屋「桃」を左に折れると正面にはむつ市唯一のデパート・むつ松木屋の建物とバスターミナルがトタンの塀越しに見える。
下北交通のバスターミナルに止まっている路線バス。鉄道の足が無くなった田名部の街では唯一の公共交通網。
神社横町のバラック街は用水路の橋を境に一旦途切れる。この橋も板張りの床でなかなか風情がある。
橋の上から水路を眺める。ちょうど田名部の歓楽街のど真ん中を突っ切って、田名部川に続いている。
橋を跨いだ先には地元の民宿「とびない旅館」の別館が建っている。一部の珍スポマニアには宿の主人が色々とヤバイとか何とかで名物との事だが、なんか面倒臭そうだったので立ち寄る事はなかった。すいませんね。