マジな門司港レトロはここにある。「門司港栄町銀天街」とその周辺の街並み

北九州市 門司港

栄町銀天街の入口まで戻って、アーケード街とは反対方向を向くと、この景色が見える。飲食店街がひしめくやや上り坂となった路地の突き当たりに一際大きく見える豪奢な建物が、かつての門司港の繁栄を物語る高級料亭「三宜楼」だ。

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で、そんな三宜楼へ続く路地の途中にも昭和の趣き全開なのんだくれ横丁が開けていて、見所豊富なのが良い。

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しかしとりわけ気になるのが三宜楼の手前にあるこのチャイナ感全開な建物。中華料理屋の「萬龍」である。創業は戦後の昭和22(1947)年らしいが、随分と迫力のある建物だ。

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老舗で格の高い高級中華なのかな…と佇まいからは思うのだが、入口の料金表には「今週のランチ 水ギョーザ チャーハン ¥650」とか書いてあるし、別に大衆的価格の街の中華料理屋さんだった。しかしこの門構え…素敵ですね。

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で、元々中華料理屋として建てられた訳ではないだろうと思ったのだが、玄関横に書かれていた「貿易協力會館」がどうやら建物のルーツのようだ。初代オーナーが福建省出身の貿易商で、その頃からの建物らしい。

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この玄関口の風格といい、門司港の土地に長年根付いている「中華料理萬龍」が気になってどうしようもなかったのだが、ここもスケジュールの都合で泣く泣く入店を諦めている。遠方取材だとこうなる事多いですよねどうしても。次回訪問時は…是非。

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んで、路地を突き当たった所、眺めの良い高台にそびえる大きな三階建ての楼閣、これが「三宜楼」。昭和6(1931)年に建設されて、貿易港として栄えていた当時の門司港には40あまりあった高級料亭のうち最高クラスの料亭だったとか。

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しかし昭和30(1955)年頃には早々に廃業したまま長年放置され、土地の売却で解体の危機が迫り地元有志による募金活動が始まり、なんとか解体を免れたという歴史がある。その後建物は改修され2014年4月26日には半世紀ぶりに料亭として再開業したそうで非常におめでたい。

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三宜楼の横手の路地に入ると背後はすぐ山になっておりぐねぐねした小道は車が通る事もままならない。やっぱり雰囲気的にはプチ長崎なんですよね。門司港って。

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ちょっと奥に入るとコアな路地裏住宅地が隠れていて、山手の日当たりの悪さも相まって塀とか階段とかが苔むしている。
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そんなややこしい山手の路地をぐるりと回っていくとこんな所に旅館が!「むつみ関門荘」という名の乙なネーミングのオールドジャパニーズスタイルなお宿があるのだが、これは素敵過ぎる佇まい…

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「むつみ関門荘」の玄関脇に置かれた古いお不動様も実に味わい深い。これは隠れ家的旅館である。いつか門司港に再訪した時には泊まってみたいものである。


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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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