戦後の沖縄・幻の赤線地帯…コザ保健所通りの「ウィスパーアリー」を探す 

まさしく「日本のアメリカ」と形容するにふさわしい街並みを見せるコザのゲート通り。米軍嘉手納基地の他、沖縄自動車道沖縄南インターにも近く、米軍関係者だけでなく沢山の一般車両の往来がある。

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そこから東側に分岐して中央パークアベニューとの間を結ぶ通称「保健所通り」というのがある。この保健所通りの裏あたりにはかつて「ウィスパーアリー」(Whisper Alley)と呼ばれていた一画がある。この界隈一帯、古い商店街の残骸がだらだら連なっていて雰囲気が独特なのでじっくり歩き回る事にした。

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車の往来が激しいゲート通りとは打って変わって閑静な住宅街の趣きさえ感じられる保健所通り。やはり英字看板の店が非常に目立っている。しかし見事なシャッター街になっていた。

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古い地元民の商店もあるかと思えば隣にはフィリピン人向けなサリサリストアが。先にも言ったようにコザで生活するフィリピン人は殊の外多い。ましてや店の名前も「アイリン」である。労働者の街は西成あいりん地区だが、コザのフィリピン人女性は水商売をしている人が多いらしい。

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ド派手なオレンジ色のコンクリートビルは安宿と韓国料理店が同居している。韓国人に限っては日本中、北海道から沖縄までまんべんなく居る。

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恐らく現役ではなさそうな古い店舗。ボウリングシャツのむぎ。きっとボウリングブームだった1970年代のセンスだ。

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日本語の一文がなければ完全に外国のそれと見紛うような店舗の看板が何食わぬ顔で街中にあるのがコザという街の特徴。

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そして相変わらずアメリカ臭い店舗があちらこちらに見られる訳だ。昔はもっと栄えていたに違いない。

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この界隈にあったウィスパーアリーは米兵向けの特飲街で、夜になると看板もなくピンクの明かりだけがほんのり灯されて、客を待つ女性の姿があったという。ささやくように客を引く事から「ささやき横丁」、つまりウィスパーアリーと呼ばれるようになったとか。

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保健所通りを訪れてまず探したのがそのウィスパーアリーなのだが、古い情報なのか確たる情報源にありつけず探し回る羽目になった。そもそも真栄原やコザの吉原のように大々的にはやっていない場所だし、米兵向けで日本人は相手にしていない。

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保健所通りの途中の十字路から北側に入る。保健所通りという名前も、昔この通り沿いに保健所の建物があったためそう呼ばれているのだが今ではその保健所自体が移転して無くなっているのだ。

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そこにあったのはもはや廃墟同然の姿で佇む古いカラオケボックス兼安宿の建物。壁に直塗りで「旅館フロリダ 月貸・日貸も致します」などと書かれている。

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旅館フロリダの脇を入った所の路地。ウィスパーアリーの場所が特定出来ない。もう既に無くなっているかも知れないし。見た限り普通の住宅街に落ち着いてしまっている。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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