カブトガニの街・笠岡市「伏越遊郭跡」に来たらゴミ屋敷と化した妓楼を見つけた

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笠岡の伏越遊郭跡で最も有名だった「岡部医院」の跡地。昭和初期に建設された三階建ての立派な洋風妓楼が角地に凛と佇んでいた。2009年9月に5棟を全焼する火事が起きた時に延焼したそうで、取り壊されて現存しない。

火事で焼けた土地はすっかり更地になってしまい薄暗い路地にひしめいていた妓楼群はその片方だけが更地の向こうからその姿を露わにしている。

残された妓楼もこれ以上ないくらいに朽ち果ててしまい、もはやあばら屋とも呼べる代物である。しかし現在の伏越遊郭跡に残るのはせいぜいこんなもん。

旧岡部医院跡の路地を入っていきましょう。左手には辛うじて延焼を免れた妓楼群が一列に連なっている。手前はまだまだ姿形が綺麗に残ってはいる。しかし…

少し奥の方を見ると見事にゴミ屋敷と化した一画がある。見るからに酷いぞこれ。どうなっているのだ。

無造作に段ボール箱や大量の家庭ごみ、サブバッテリーや石油ストーブまで玄関先に乱雑に捨てられているという状態、そこには驚いた事に猫が入った檻までもがある…

しきりに自らの窮状を訴えるかのようにこちらを向いてニャーニャー泣き叫ぶ猫達。遊郭跡は平成の世になって畜生界の廓として続いているのか。ちょっと、なんとかしてやれよこれ。酷いったらありゃしない。

ゴミ屋敷や猫屋敷を作ってしまう人種というのも落書きだらけの電波住宅の人みたいに精神がアレになっちゃってる事が多いので病院に放り込むなり行政なり何なりの救済が要ると思うんですがこの酷い状態、また火事の原因にもなりかねません。

ボロボロバリバリに朽ちてしまった妓楼の二階部分。ここから遊女が顔出ししていたのだろうか…今では人間にとって変わって猫がその役目をやらされていますが…

放置された大量のゴミ溜めは廃屋と化した隣の妓楼にまで及んでいる。軒先には「社会を明るくする運動」の標語プレートが並んで吊るされていた。これじゃ明るい社会にはならんだろ…

この建物は遊郭廃止前からか後からか知らんがノコギリ屋になっていたようで、古びた店の看板が残されているが今では廃屋だ。今時ノコギリだけで商売してる人あんまり居ませんわな。

そしてここにも檻に閉じ込められたままの猫がこちらを見つめていた。餌やりしてる人が居なくなったらこいつらも死ぬわな。野良猫を勝手に捕まえて飼っているのだろうか。

さらに路地を進むと山陽本線の線路が片側に現れ、妓楼がその先にも立ち並んでいる。ここからだと電車の車窓からもよく見えるはずだろう。

線路沿いには旧遊郭からの転業と思われる「すずらん旅館」の建物もあった。どうやら廃業したようで、最近取り壊されてしまったと話を聞いた。

街の歴史からも消されてしまった笠岡にあるかつての遊郭跡。「旧岡部医院」の焼失によってより一層忘れ去られた存在に成り下がってしまったようだ。ゴミ屋敷となった一画も含めて、そのうち存在自体消えて無くなる日も近いであろう。


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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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