カブトガニの街・笠岡市「伏越遊郭跡」に来たらゴミ屋敷と化した妓楼を見つけた

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昭和全開の街並みを見つつ笠岡駅前から東本町商店街を抜けた先、古城山の下を国道2号バイパスが通る辺りは山間に挟まれた一画となる。県道の高架道路を潜った先のあたりから遊郭跡があるという事だが…

高架道路の先には笠岡の地名の由来ともなった笠神社の入口がある。かなり歴史のある神社だが時間が無かったのでそのまま素通り。

そしてその向かいにももう一つ神社の鳥居が。なんと高架道路が参道の真上を走っているというビジュアル的にも変な場所だ。

「稲富稲荷神社」という神社、古城山の上に拝殿があり、その手前には年代物の石の太鼓橋が架けられている。遊郭跡に稲荷神社はつきものだが、街の中心にあるだけかしてかなり立派な神社だ。

山間の限られた土地に山陽本線の線路を跨いで高架道路を作ったのでこんな形になってしまったのだろう。階段の下から山の上まで見渡す事が出来ない。

2つの神社が向き合う中、古い街道沿いの道が続いている。相変わらず並んでいる建物が古過ぎて素晴らしいのだが、酒屋だった建物も商売を辞めて半ば放置状態になっていたりする。

この辺は殆ど昭和以前の建物っぽいですな。駅からかつての伏越遊郭へ続く道、遊客が足を止めて立ち寄る店もあったのだろうが今ではその名残りもない。

で、肝心の遊郭跡はこの踏切を渡った先である。かつての廓は山陽本線の線路と古城山、伏越港に囲まれている事になる。ちょうど渡ろうと思った時に踏切がカンカン鳴り出し始めた。

遊郭跡を颯爽と走る黄色一色に塗り潰されたJR西日本の車両。塗装コストの削減で最近単色になったらしいですよ。

踏切が開いたらさっさと渡ってしまいましょう。この先が既に遊郭跡になる。やはり見捨てられたかのような佇まいだが生活道路になっていて結構人通りは多い。女子高生の集団がチャリンコで駆け抜けて行きました。

「一心亭」の屋号を掲げるかつての大衆食堂と思しき店舗跡。北木島行きのフェリーが発着する伏越港から駅へ向かう道、それなりに客も居ただろう。昔は遊郭で働く遊女や客も入っていたんでしょうかね。いつ頃廃業したかもよくわからない。

食堂の入口横にはタバコ屋のカウンターも残っていた。大衆食堂とタバコ屋を兼業していたのだ。カフェー建築のようなアールのついた豆タイルが足回りに施されたカウンターはかつての色街の佇まいを思わせる。

その向かいも廃墟と化した店舗跡。こんな場末にある美容室ですよ。50年以上前だったら遊女が客になっていたのだろうが。

隣家とくっついて並ぶ長屋のような路地の家並み、一軒だけ洋風建築があるので何だと思ったらプロパンガス屋の店舗のようでした。

年代を感じさせてくれるガス屋の玄関。さっきから廃墟だらけだと思っていたがここはまだ住人が居るようだ。

山陽本線の線路を渡ってからの路地を振り返るとこんな感じである。道幅は狭いので車は通行禁止になっとりますな。ひたすら昭和の佇まいである。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。

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