神風特攻隊がいた基地の街「鹿屋」の新天街通りと激寂れな中心市街地を歩く 

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鹿屋市 鹿屋

サンロード仲町から南側の川沿いの路地が現在の鹿屋で一番イケてそうな飲食街、その名も「新天街通り」である。銀天街とか新天街とか新天町とか、九州の商店街は名前に「天」を付けたがる傾向にあるが、ここも例に漏れず。

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鹿屋の「新天街通り」は路上に掛かるアーチ看板にのっけから薩摩焼酎のボトルの写真がある辺り完全に飲食街といった風情がある。

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こちらも先ほどの路地と負けず劣らずのレトロでオツなスナック群が密集している。この界隈もどう見ても昔からの盛り場。「青木町」という赤線は、ここだったんでしょうかね。

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基地の街だった鹿屋は敗戦後の一時期米軍も駐留していて、青木町の赤線は米兵慰安の目的も兼ねていたそうである。なお、普天間にある在日米軍空中給油機部隊の移転先として鹿屋基地が挙がった事もあり反対運動が起きたが結局岩国が受け入れる事になったらしい。

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リナシティに近いあたりの廃墟っぷりの凄い一画とは違ってこちらは空きテナントも割と少なめで、夜はそこそこ賑やかそうな感じがする。

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それぞれ個性を放つ色とりどりの看板群。

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そして迫力たっぷりの「スナック店舗案内板」がビジュアル的にかなりキテますよ。まかりなりにも大隅半島最大の都市だけの事はある。他に遊びに行けるような大きな街は鹿児島市くらいしかないのだから、ここに集まるのは必然的だ。

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スナックビルと同居する託児所もあり。身につまされますな。

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あと鹿児島って全体的に外国人少なめなので、タイとかフィリピンとかのお店は殆ど見かけない。それでも韓国系のカラオケ居酒屋なんかはあったりするんですがね…

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色街にはつきものの怪しげなお稲荷さんも健在。青木町の場所が確定できないのでやきもきするのだが、「肝属川のほとり」と「小さな祠と鳥居のお稲荷さん」があったと記されているブログもあるし、体感的にはほぼここに違いないだろうと思い込んでいる。

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元は映画館や劇場だったのかと思わせる大型建築。1階部分は軒並み飲食店に使われているが、建物が出来た当初の目的は恐らく違っていただろう。

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そんな気になる建物の片隅にある、鹿屋の「六本木」。場末感満載過ぎて素敵。現役じゃなさそうだけど。

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それから新天街通りの裏手に並行して流れる肝属川沿いの道に出る。その河口は東串良町から志布志湾に注いでいる。ここもスナックの看板がずらりと並んでいて凄い。

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川沿いからさっきの気になる大型建築物を拝む事ができる。ここだけやたら巨大で古めかしいんですね。本当に映画館か何かだと思うんですが調べた限り確かな情報にありつけません。

そもそもネット上に鹿屋の情報自体が少なく、底辺臭漂う「爆サイ」の書き込みばかり出てくるのです。この記事を公開する事で鹿屋に詳しい方から新たな情報が集まれば幸いである。

<続報!>
鹿屋の遊郭跡についてですが「遊郭部」さんの綿密なリサーチによって場所が判明したようです。とりあえず我々がうろついた新天街通り付近ではありませんでした。詳しくはご本人に寄稿して頂きましたのでこちらからどうぞ。
特攻隊が飛び立った街、鹿児島県鹿屋市の遊郭跡を探す


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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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