沖縄戦争遺跡巡り・南城市「糸数アブチラガマ」

沖縄本島南部の戦跡巡りも細かな所まで回ろうとするとかなりのボリュームになってしまいキリがないのだが、最後に訪問したいと思ったのが「糸数アブチラガマ」と呼ばれる洞窟だ。沖縄では自然洞窟を「ガマ」と呼び、本島南部を中心に約2000箇所存在している。
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市町村合併で新しく生まれた南城市の旧玉城村糸数地区。今では寂れた田舎町という風にしか見えない場所だが、ここにアブチラガマという自然洞窟があり、他の本島南部の地下壕と同じように一般人が多数避難したり、しまいには南風原陸軍病院の分室として使われだすようになった。


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糸数アブチラガマはその殆ど全域が一般公開されているが、まずは近くにある南部観光総合案内センターで入場チケットを購入した後、懐中電灯を借りて行く手筈になる。観光案内センターの近くには真新しい南城市の案内マップまでが置かれている。
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南部観光案内センターからアブチラガマまでの道のりにはアスファルト上に点線の案内が示されている。その線上に沿って歩いて行くと途中には廃業した商店のプレハブ建ての店舗などがある。「雨靴電灯貸します」と書かれている通り、ここもアブチラガマ見学客を相手とした店舗だった模様。
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周囲には潰れた商店跡がぽつぽつ見られる。昔はもっと観光客が多かったのだろうか?と思うような雰囲気だ。それこそひめゆりの塔みたくバリバリな観光地になってしまうと別の意味で問題があるが、ちょっと淋しげな感じだ。
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道中にはアブチラガマに関する説明看板が立っている。洞窟内の案内図も併せて載せてあるが、内部は殆ど真っ暗闇。事前にこの図を頭に叩き込もうとしても全く道が見えない上にガタガタなので無駄な努力である。
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点線を辿っていくと寂れた住宅地の路地のような場所にやってきた。そこに申し訳程度の地味な黄色い看板に「アブチラガマ入口」と指し示してあった。どうやらここから洞窟内に入れるらしい。
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同じく申し訳程度のテント屋根で覆われた洞窟へのアプローチ。看板と地面の点線での案内がなければ非常に分かりづらい場所にある。ここに受付のおっちゃんがいて、南部観光案内センターで購入したチケットを見せて入洞という事になる。
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アブチラガマの入口は非常に狭く端から圧迫感が凄い。こんな場所を病院壕として使い、陸軍病院から約600人もの患者が運ばれてきたのである。想像すら出来ない世界だ。
ちなみに洞窟内は「写真撮影禁止」だそうです。禁止されていなくとも、真っ暗闇過ぎて意味不明なので写真の撮りようがない。こんな真っ暗闇で足場も不安定な場所に何ヶ月間も1000人以上の傷病兵や民間人が息を潜めていたのだ。
最後には病院も重症患者を置き去りにして撤退し、その後は米軍の火炎放射攻撃も相まって地獄絵図が展開された。今でも洞窟内には火炎放射の跡が残っていたり、避難者の生活物資が残っていたりする。非常に生々しい空間だ。
せめて当時の雰囲気がリアルに伝えられるようにと、下手な観光資源化はせず極力照明も置かず真っ暗なままで現状維持を貫いているとの事。
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全長270メートルの洞窟だが、全て潜り抜けると結構時間が経っていた。地上の世界に戻ると巨大な樹の下に出た。木漏れ日が優しく生者を出迎えるかのように。しかしこのアブチラガマに逃げ込んだ人々の多くは二度と日の光を浴びる事なく死んでいったのだ。
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洞窟の出口付近にはまたしても何者かが置いていった大量の千羽鶴が掲げられていた。
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千羽鶴の脇には「大東亜戦争沖縄戦線戦没者之墓」とだけ書かれた粗末な墓と、その前に供え物が置かれているのが見えた。千羽鶴は案の定修学旅行で来たどこぞの学校が置いたものだ。
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鬱蒼と木々が生い茂るアブチラガマの出口。そこには看板が。
「安全確保の為、出口よりの入場を固く禁じます。」
この看板がなければ、ここが出口である事には気づかないはずだが。
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再び元の道に戻って、南部観光案内センターに借りた懐中電灯とヘルメットを返しに行って終わりとなる。戦跡としての「ガマ」はここ糸数アブチラガマの他、集団自決が起きた読谷村のチビチリガマなど他にも多数ある。
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最後に、南部観光案内センターの中にあるウチナー言葉の詩。
「別りてぃん 互(たげ)に御縁(ぐいん)ありてがらや 糸(いとぅ)にぬく花ぬ 散りてぃぬちゅみ」
…うーん、ナイチャーの我々にこの言葉を解読するのは難しい。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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