沖縄の離島「伊計島」 (1) ニライカナイ

沖縄には沢山の離島がある。本島からでも飛行機でしか行けない石垣・宮古のような場所もあれば、本島からそのまま車で渡れてしまう離島もある。
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本島中部の勝連半島から海に向けてズドーンと伸びる道路がある。それもそのまま「海中道路」という名前の道路をひた走って、その先に続くのは平安座島、浜比嘉島、宮城島、それに伊計島。


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我々はその中で最も本島から離れた伊計島を訪れた。伊計島の入り口となる伊計大橋。1982年にこの橋が開通するまでは全くの離島だった。今では本島から余裕で日帰りドライブが出来るという事で殊の外、行き交う車の数が多い。
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だいたい観光客が訪れるのが島の奥にあるリゾートホテルか、島の入り口あたりにいかにもな看板を掲げる「伊計ビーチ」だったりするのだが、そんな場所にあまり触手が伸びる訳でもなくそのまま素通りする。しかも入るだけでも金取られるし。うーん。
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観光客もよく来る島だがさすがに離島というだけの事はある。那覇やコザのような人口密度の高い街と比べると民家の数は極端に少なく、その代わりにやたら目に付くのは墓の多さだ。この島では生きてる人より死んでる人の方が多いようだ。
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巨大な墓の一角には大きな石とともに死者である人物の魂であることを示す石碑がある。「肉体に宿って精神の働きをなし肉体がほろんでもあとに残るとされているもの」…何とも独特な表現だ。沖縄人の死生観はやはり本土の人間とどこかしら違う。
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伊計ビーチの周囲だけでもかなりの数の墓が見られる。海の向こうに死者の住む理想郷があるという沖縄独特のニライカナイ信仰によるものか。
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真新しい墓もあれば見ての通り草木に埋もれそうになったもはや古墳と呼べるようなものまで様々。しかしそれらは全てが一個一個でかい。これは典型的な亀甲墓である。
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そんな伊計島の大部分は墓もしくは農地でしかなく、その他は小さな集落があるだけだ。人口はたった350人程度しかいない。しかも平成の大合併の煽りで自治体が与那城町からうるま市に変わっている。
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伊計島の集落は島の南側に固まっている。訪れてみると、鮮やかなスカイブルーの瓦屋根を持った素敵な琉球家屋を見つけた。イメージだけで沖縄に憧れるスイーツ(笑)女子あたりが想像しそうなそのまんまな格好の家だ。
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その屋根瓦の上にちょこんと乗ったシーサー像。やはりこれは伝統的な琉球家屋である。今どきの家には狛犬とごっちゃになって「阿吽」の表情で玄関両脇に立っていたりすることも多いが、元はこういうスタイルなのね。
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集落の中に拝み場らしきものがある。コンクリートの土台に乗った岩、そして「ニライカナイ」の文字が刻まれた小さな石柱が手前にある。日が昇る東側の海は特にニライカナイ信仰が盛んなようだ。
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拝み場がある集落の正面には海が広がっていた。四方を海に囲まれた沖縄では東の海の果てに理想郷があると言い伝えられてきた。現実には、そこにアメリカがある訳なんですが。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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