沖縄の離島「伊計島」 (3) 仲原遺跡

伊計島のとある一角に、何やら縄文時代の遺跡があるというので、ついでに見ていく事にした。
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集落から離れて島の中央の広い農地の中を車で走っていくと途中で案内板があるのでそれに従うと、いかにも遺跡ですよと言わんばかりの石斧型のオブジェが現れる。「イチの里 仲原遺跡」…「イチ」はウチナー言葉なのか日本語の「一」なのかよく分からんが…


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仲原(なかばる)遺跡は1978年に沖縄大学沖縄学生文化協会により発見された遺跡で、縄文時代後期の集落跡。沖縄県内で最大の竪穴式住居跡、という事らしい。で、一部分が復元されて、その当時の集落の様子を再現している。一応、伊計島の観光名所らしいですが…
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再現されているとはいえ、見た目にはかなり滅茶苦茶に破壊されてしまった箇所もあって何だかなあって感じもする。DQNのイタズラというよりも、これは経年的なものだろう。
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これは2000年以上前の沖縄人の住居です。アマゾン奥地の未開の部族の集落ではなく、ここは一応日本です。
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これは茅葺き屋根のない家屋跡らしきもの。家屋は半地下式になっていて、段差は石組みが積まれている。一応こう見えても付近には「ハブ注意」の看板もある。
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住居部分が半地下式になって掘られている為にそこに茅葺き屋根を載せると家なのか何なのかよく分からなくなる。今どきこんな場所に住めるといったらオーハ島でハブを取っ捕まえて食らいながらサバイバル逃亡生活を続けた市橋容疑者くらいじゃないのか。
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外面は非常にアレだが中は結構でかいのである。この家屋は自由に出入りする事が出来て内部の様子が分かる。入口部分はやたら狭いので這って入らなければならないが、一度中に入ると十分に背を伸ばして直立する事が出来る。
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結局そのくらいしか見所もないので早々に仲原遺跡を出て、伊計島を離れる事にした。帰り際に通った農地の脇にも、やはり墓の姿が目立つ。
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人口350人に対しても明らかに多すぎるだろと思えるくらいの墓だらけの島。やっぱりニライカナイ信仰の影響だろうか。理想郷へ続く東の海が見える伊計島という場所はたいそう有難がられるのか。
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こんな立派な亀甲墓もかなり数が多い。墓は集落に近い島の南側に集中している。沖縄の墓に興味があれば伊計島は外せない観察場所であるとも言える。
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しかも墓をよく観察するとだいたいどの墓も同じ方角を向いている事が分かる。全てが全て同じ向きではないが、やっぱり太陽に向いた南側に正面を向けている墓が多い。
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さらに沢山の墓がずらりと横並びになっている。地元民には何とも思わないのだろうが本土の人間からするとこれは結構な珍風景だ。遺跡やビーチよりも最も印象に残った風景だった。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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