過疎化、自衛隊誘致、中国の脅威…緊迫する国境の島・日本最西端「与那国島」上陸記 

我々はとうとう日本最西端の島、与那国島に足を運ぶ機会を得た。東京から2100キロ、那覇から500キロ、石垣島から124キロ、尖閣諸島から150キロ、しかし台湾からは110キロしか離れていない、最果ての島。ここへは那覇からも直行便が出ているようだが、石垣から来る場合は他の離島のように高速船が出ている訳でもないので、基本的には石垣新空港から琉球エアコミューターの小さなプロペラ機に乗って1時間掛けて来る事になる。

日本最西端の与那国町役場と夥しい横断幕の数々

与那国島

八重山の島々の中で最も行きづらい場所だが、いざ飛行機に乗り合わせてみるとそこそこ観光客らしき人がいる。絶海の孤島である与那国島は昔から「どなん(渡難)島」と呼ばれ、おいそれと気軽に上陸できるような島ではなかったのだ。石垣から飛行機が毎日飛んでるだけでも、有難いものかも知れない。

与那国島

島には祖納(そない)、久部良、比川の3集落があるが人口は島全体合わせても1550人しか居ない。その中で最大の集落が祖納地区になる。まず空港からレンタカー屋の案内で祖納の店までやってきて、そこで手続きをして車を借りる。西表島や竹富島のような観光客慣れした島ではないのか知らんが予約したレンタカー屋のオッサンも笑っちゃいそうになるくらい無愛想で、何なんだろうと思ってしまいましたが、まあどこの店とは申しませんが。

与那国島

東西に細長く芋のような形をした島のやや東寄りに位置する祖納集落。ここはそれなりにでかいスーパーもあるし役場や診療所といった公的施設もある。石垣島より台湾の方が近いくらいの島ではあるが、近いからと言って別に島には台湾系住民が住んでいる訳ではない。何故なら与那国が商売できる程人口規模のある島ではないからだ。実のところ台湾系住民は石垣島に多い。

与那国島

祖納地区の一画に日本最西端の町役場がデーンとそびえている。与那国町役場。自衛隊誘致で町長が防衛省に10億円を要求したり、賛成派と反対派で島を二分するなどあれこれ騒ぎになっている、ホットな町役場である。過疎化が激しく人口は毎年30人程度減少を続け、今では1550人程度にまで落ちている。与那国が町に昇格した戦後期は12000人以上(密貿易で栄えていて住民票に入っていない住民も合わせると実際は2.5~3万人くらい居たらしい)居たので、人口減少率的には夕張あたりの炭鉱町の寂れっぷりと感覚的には変わらない。

与那国島

与那国町と、海を挟んでお隣の台湾の花蓮市とは姉妹都市の間柄。双方の交流のために時折与那国空港から台湾に向けて飛行機が飛んだりする事もあるそうだが、基本的に旅行者が直接台湾と行き来する事は出来ない。だから日本にとっても台湾にとっても与那国は最果ての島でしかない訳だ。観光客も気軽に来れない島だし、人口減少の流れは避けられず、自衛隊誘致は島の活性化を考える上ではもう避けては通れない。結局町長も10億円の迷惑料要求を撤回して、自衛隊を受け入れる構えに転じた。

与那国島

…というのも今の与那国島には自衛隊はおろか警察署すらない。祖納と久部良にある2軒の八重山警察署の駐在所があるだけでそこで勤務する2名の警官、2丁の拳銃だけがこの島を守る事実上の防衛ラインになっているという笑えない現実がある。与那国警察署というのが戦後の密貿易で栄えた時期に開設されていた事もあったが、それも昭和31(1956)年に廃止されてしまっている。それから現在に至るまで、じわじわ人口が減り続ける過疎の島だ。近年の中国の膨張、軍事的な挑発行為の数々、国境の島であるゆえにこの島は再び国防の要としての役目を担う事になる。

与那国島

まず祖納地区にやってきて町役場の周辺を歩き回っていると「自衛隊誘致」に関する賛成・反対双方の主張が書かれた横断幕がそこかしこに置かれているのが目に付くだろう。さすが国境の島与那国。石垣島ですらピリピリしていたが、断然に最果てな立地のこの島だからこそ、島民の生活と国防がすぐ近くにあるという現実を感じる事になる。基本的に与那国の人達も自衛隊誘致に賛成している人は多いようだが、あの防衛省10億円要求の外間町長さんは唯一賛成派の人らしい。この町長が10億円騒動のゴタゴタでもし辞めてしまったらあとは反対派しかおらず、自衛隊誘致は実現しなかっただろう。

与那国島

…と思ったら、謎めいた呪文のようなメッセージが貼りだされた横断幕まである。与那国イソバの会というのは自衛隊誘致に反対するグループのようで、女酋長の名前を名乗っているあたり、フェミ系の方々なのかも知れませんな。

「バンタ ドゥナンチマ カティラリヌン!!」もう殆ど外国語みたいな感じだが、特に琉球方言の中でも特異性が強い与那国方言は、沖縄本島の人間でも聞き取る事ができないらしい。ドゥナンチマは「どなん島」、つまり与那国の方言名でもある。翻訳すると「私達の与那国島を捨てられない」となるんですが、カタカナで呪文みたいに書かれても分からん…

与那国島

しかしイソバの会の立て看板や横断幕に紛れて何やら胡散臭さ爆発な張り紙が集落の至る所に貼りまくられているのだ。しかも一度貼ったら剥がそうとしても絶対に綺麗に剥がせないタイプの、街宣右翼やらウリスト教の方々などが好んで使うような紙質のポスターだ。

与那国島

どうやら我々が与那国島に来る直前に韓国人の活動団体がこの島にやってきて「従軍慰安婦慰霊祭」なるものを行っていたというのだ。こういうイベントは与那国でも初めての事らしく、島のあちこちにポスターを貼り付けまくって帰っていったようだ。「立つ鳥跡を濁さず」という日本の諺、この人達は知らないようですね。で、このイソバの会という団体が慰霊祭の開催に関わっているらしい。

与那国島

戦時中に宮古・八重山の島々に朝鮮人慰安婦が居たという話は耳にしていて、宮古島には石碑まで立っていたりする。しかしこの議論については橋下徹大阪市長がパンドラの箱を開けちゃって未だに収拾がつかないくらいに意見の分かれる話で、まあ正直議論に関わるのも面倒臭いんですが、与那国の場合は僅かな証言だけで、実際そのような慰安婦が居たかどうか記録にも残っていないらしい。自衛隊誘致反対派の思惑が被っているのではないかという見方もあるようで。まあどっちみち怪しいですわな。

与那国島

真っ赤な外観のビルの壁に大きく掲げられているのは与那国と台湾東海岸の花蓮県との交流団体のもの。国境の島らしい光景だ。それはいいけどここにも自衛隊誘致反対の幟が…

与那国島

まあわざわざ調べなくとも自衛隊誘致断固反対と主張しているのはアッチ系の方々だという事くらいは分かる。本当に地元民なのか、内地かどっかからやってきた運動員なのか知りませんが必死ですなー。で、そういう横断幕や看板がある所に某現職参議院議員さんの名前が書かれたピンクの幟がセットで掲げられているのだ。

沖縄本島の二大新聞紙が余りに酷すぎて目も当てられない訳だが、沖縄ってやっぱり隅々まで左巻きなのかと思ってきたものの、ここ八重山の先っちょまで来ると事情はかなり違っている。賛成派と反対派が小さな島で真っ二つに別れている現実を、この両陣営の幟の数々で知る事が出来る。

与那国島

真っ赤な方々もいる一方で島には自衛官募集のポスターもある。「自分達の島は自分達で守る」ごもっとも。八重山住民の国防意識は当然ながら高いようだ。

与那国島

自衛隊の東日本大震災災害派遣活動に感謝の意を示す沖縄県・八重山・与那国防衛協会の方々の横断幕。左から右からアピールしまくりで容赦ありません。これが国境の島の日常風景なのか…

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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