秘宝館の廃墟がそびえる街・鳥羽市「鳥羽二丁目」風待ち港の遊郭跡 (2)

旧市街地の一角にある鳥羽市鳥羽二丁目はかつて遊郭があった場所で、現在も狭い路地に飲食店がひしめき合う夜の街の風景が残っている。

本町通りの裏手に大里通りという細い路地が並行している。元遊郭らしい淫靡な空気はむしろこちらの方が濃厚なようだ。ひたすらオンボロ木造長屋にスナックがびっしりへばりついている。この怪しげな元遊郭の路地は、江戸川乱歩や竹久夢二とも親交があった画家で男色研究家でもある岩田準一を生んだ。

当然これだけの如何わしい町並みが残っているだけに戦後は赤線としても栄えていたと思われる。まあ空き家だらけなのだが。スナックさがの「さが」は九州の佐賀じゃなくて「性」なんでしょうな。

こんな僻地の場末の飲み屋街にまでタイレストランが進出しているという多国籍な伊勢志摩の事情。渡鹿野島もタイ人女性だらけだというが鳥羽もそうなんでしょうか。鳥羽の路地裏にパッタヤーあり。

タイレストランは大里通り沿いに何軒か存在している。パッタヤーにメンポンですか。思った以上にタイ人の姉ちゃんが多い気がする。まあ三重県自体タイ人率高いけど。

盛り場は生活空間と同一でありソファーに寝転がり煙草片手にスマイルを見せる艶めかしい女性のイラストが描かれた店舗の屋根には家人の洗濯物が連なる。

やたら個性的でモダンなデザインのスナック建築。色と形違いのタイルがアクセント。しかし商売してなさそうですね。

オンボロ木造長屋の壁からはニョキニョキと臭突が屋根に向けて伸びている。もしかするとこの辺のお宅は下水道整備されていないのでしょうかね。

長屋の二階部分の手すりとか、波トタンとか、一つの建物に萌え要素がぎっしり詰まっている訳でございます。

さらに建物の横側を見ると意味深な深い赤の塗装がトタン壁一面に施されていた。色街の名残りはかなりハッキリと留められている鳥羽二丁目は素敵な街。

大里通りを奥へ進んでいくと薬局や仕立て屋、散髪屋など普通の商店もちらほら見られるが通り掛かる人々は地元のくたびれた爺さんか婆さんしかいない。駅前にたむろする観光客もさすがにこんな場所までは来ないよな。

地元民の為だけに静かに細々営業を続ける散髪屋の外観も戦後の匂いがひしひしと伝わるレトロっぷり。

鳥羽市は旧志摩国だけど洋服直しは「越後屋」。青緑色一色に塗られた壁が印象的。越後屋と聞くと「お主も悪よのう」という言葉しか出てこない。

もう一つ、廃業したスナック。壁は一部崩落してしまったのだろうか。

「クラブ紫苑」と書かれたスナックの看板だけが未だに残っていた。昭和ど真ん中直球のデザインですね。かつて戦後の国内旅行全盛期には熱海と肩を並べる一大リゾート拠点だった伊勢志摩の栄華の成れの果て。

大里通りの最奥部、現在も民家として使われる3階建て木造家屋は「白子屋」という屋号の妓楼である。現在も1階部分のみスナック店舗になっている。

大里通りを突き当たるとその先には常安寺境内入口の山門正面となる。鳥羽藩主九鬼氏の菩提寺でもあり由緒ある寺院。

常安寺方向から通ってきた大里通りを振り返るとこんな感じ。寺の門前町が元遊郭というのは結構あちこちで見られるパターンだが、鳥羽でもそうだったらしい。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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