【戦後の青線】宮崎市「上野町」の怪しげなスナック街を歩く【そのまんま】

宮崎の繁華街ニシタチの最も南の外れにある上野町(かみのまち)は県内唯一の特殊なお風呂屋さん街が形成されている大人の夜の盛り場。戦後のドサクサ臭が残る市場があったり色々DEEPなエッセンスの詰まったエリアだ。

しかしこの上野町、実は夜になるとこっそり裏商売をしているスナックがあるとも言う。そんな話を聞いて見物しない訳にはいかんだろうという事で当該地区の探索を開始する。まずは上野町通りのバージニアビーチ広場から始まる。夜になるとこのへんまでポン引きババアが出没すると聞いた。

すぐ近くの上野町通り。のっけからアホ程だだっ広いコインパーキングが目の前にある。地元民じゃないのでよく分からんですがこれも撤去されたらしい青空市場の跡地なんでしょうかね。

この場所から遠目に見えるビルの数々。ラブホテルばかりである。上野町、末広、松橋といった一帯は宮崎市役所にも程近いがちょっとそういう土地柄らしいですな。

広大な駐車場の向こうに見えるは一面ブルートタンで覆われた古風な長屋であります。あまつさえ消費者ローンの広告看板まで立っていて見た目の貧しさに華を添えている。これも戦後のドサクサか何かですかね。

あまりに気になるのでボロ長屋の中を通って行く事にする。駐車場よりもさらに一段低い土地に長屋が立ち並んでいる。廃墟でした、というようなオチもなくまだバリバリの現役。生活感溢れる空間が見えてきた。

長屋は細長いコの字型に並んでいて南側の路地を唯一の出入口としている。まさかここがちょんの間かと勘違いしそうになったが普通の家ばかりでした。よく見りゃ家の2階部分のバルコニーも木製だ。

こういう行き遅れたオンボロ長屋も大好きだが残念ながら今回の探索目標には非ず。別段何も無さそうなのでそのまんま長屋の路地を辿って出ていく。

今度は長屋の裏手に回っていく。するとここにも負けず劣らずの細民長屋が連なっているので様子を見てみるのだが…あ、スナックが一軒だけありますね。

店の表にいかにもなカウンター椅子を並べた一軒のスナック。ともかく宮崎上野町の場合はこうしたスナックがキーポイントである。夜に訪れると店の前でスナックのママと行きずりのオヤジが堂々と「交渉」してはりました。「何々を連れ出したら云々」とか話してるの。

日が暮れた頃にこの上野町の路地に入ると沢山のポン引きババアが徘徊しまわっている。真っ暗闇になるので通りがかるだけでもちょっと怖いんですが、まあ昔から有名な場所のようでその手の人間の行き来は多いですわな。男一人で歩いていると確実に声掛けられます。

どうやら目印は某レディースクリニックの周辺である事が分かった。そのへんの路地を通り掛かると確かにスナック街が姿を現す。昼間はなんという事もないが夜はそれなりに緊張感が走ります。

まあこういうスナックの店舗が夜な夜な玄関開けっ放しで客待ちをしている訳だ。試しに中を覗いてみるとそれっぽいお姉ちゃんばっかり。南国の夜は暑い。

んで、スナック街に紛れて丁度良い場所にラブホが一軒。まあそういう事ですよね。

さらに上野町通りの西側に並行する車道沿いに何軒もビジネスホテルが乱立している。あまりに多いので傍目にも不自然だと思うはずだ。

どうも交渉後はこのへんに入って目的を果たすらしい。何とも分かりやすい仕組みである。

このビジネスホテルのある側に廃墟化したスナック長屋がズラーーーーっと並んでいるのが何とも凄まじい。以前はここでも「営業」していたそうだが警察にパクられて規模を縮小したという。

崩落した看板が横倒しになったままの「スナック寄り道」。こんな所で遊んでしまうととんだ人生の寄り道になってしまいそうです。

広い九州でもこんな業態で商売している場所は北九州小倉と久留米花畑、鹿児島甲突町以外に知らなかったのだが、中でも宮崎上野町が最大規模と思われる。ここは戦後の青線がそのまんま今まで続いている無法地帯。ニシタチが発展する以前からずっと色街として細々と宮崎の裏歴史を刻んできた街なのだ。


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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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