南国宮崎場末飲食街紀行!宮崎市高松町に残る赤線跡「灰の木」のスナック街

南国宮崎市…九州の中でもとりわけ行きづらい場所だが、そのぶん繁華街は県庁所在地に集中していて、ニシタチや上野町といった場所を巡ったりしていた我々取材班だが、赤線跡のスナック街の残骸が残っているので見に行く事にした。

ニシタチの繁華街から少し外れた高松町の一角に古いスナック街が残っているので見に行った。少し外れたと言っても西銀座通りから100メートルくらいしか離れてない訳なんですが、宮崎医療センター病院の東側手前にスナック街がある。

「古今東西風俗散歩」様のレポートによるとこのスナック街は戦後すぐの頃に赤線地帯(特飲街)となっていた場所のようで、当時は「恵比寿町の灰の木」と呼ばれていたらしい。なお「灰の木」という古い地名は電柱のプレートにしっかりと記されている。

ニシタチの繁華街側から見れば場末も場末、もう終わりかけのスナック街なので廃墟化が随分と目立つ。何かの折にいつ解体されてもおかしくないのは確かだ。

今では周囲一面普通のマンションや一軒家が立ち並ぶ場所となっているが、この一画だけが未だに化石のようなスナック街が残っているので傍目から見ても不自然に見えるはずだ。見た感じ空き店舗も目立つが営業中のスナックも僅かにある。

宮崎医療センター病院の手前の四つ角に道路を挟んで北側と南側に跨るスナック街の残骸。南側は平屋建ての長屋。怪しさ満点の外観。

端っこの方は蔦まみれでブルース感満載。玄関周りだけ青い豆タイルが施され左側はアーチ状の装飾、てんでんばらばらに飾られた外壁はやはり赤線地帯の名残りなんでしょうか。

今度は北側の長屋を見る。こっちは2階建てになっているが窓枠や看板、テント屋根などは緑系で統一されている。むしろこっちの方がくたびれ感が強い。

こんなくそ怪しい外観なのにスナックで愛を語られるのですから宮崎は抜け目のない土地です。しかしそれにしても素晴らしい。古びたドアに描かれた手描きの看板も実に味わい深い。

一番端っこの部分はどう見ても廃墟化しております。テント屋根もボロボロに破けてるし…

気になる2階部分はやはり住居になっているのか?戦後の赤線時代はそれなりの使われ方をしてきたのだろう。あの窓がガラガラと開いてお姉ちゃんが手招きしていたのかいな。それらしき建物はこの一角しか残っていなかったので、レポートはこんなもんで締めておきます。


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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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