何やらイカツイ地名だと思って気になって行きました。熊本市「健軍町」の商店街と健軍新天街

熊本市電に乗ってひたすら東へ進むとその終点に健軍町というイカツイ地名の街がある。その地名の通り戦前から旧陸軍飛行場や三菱重工熊本航空機製作所など軍事関連産業で栄えた歴史がある。それまで農村地帯でしかなかった健軍村は次第に人口も増えて熊本市に編入、都心から市電が延々と引き伸ばされてきた。戦後も陸上自衛隊の健軍駐屯地があるなど「軍都」としての名残りを留めている。

現在も熊本市東部の副都心的位置づけにあり、商店街もあって賑やからしいんですが…ともかく気になる場所だったのでやってきました健軍町へ。熊本市電だとここまで片道30分程度。結構遠いですねここ。

市電の終点で線路が途切れた先のT字路には広い道幅を持ったその名も「自衛隊通り」。ここをひたすら北上すれば陸自健軍駐屯地に至る。どうでもいいが周囲はサラ金看板だらけである。のっけから漂う下町テイスト。

そんな自衛隊通りの突き当たりから伸びるアーケード商店街が「健軍商店街ピアクレス」。熊本市東部の副都心を代表する商店街という事になる。とりあえず入ってみますかね。

健軍商店街はおよそ200メートル少々だがかなり立派なアーケードが据え付けられている。元々はこの場所も三菱重工の社員寮などがあった場所だが終戦後に商店が立ち並ぶようになり、それが現在の商店街の原型となっている。サンリブ健軍店の建物周辺が買い物客で溢れる一画。

しかし近代的なアーケードとは裏腹に商店街の趣きは下町そのものである。立ち並ぶ店は100円ショップやら古着屋、それにやる気の無さそうな中華料理屋などで占められている。

道行く人々の身なりもどこかしら貧しさを感じてしまう訳ですが。さっきからサンリブの前に居座ってる変な集団も気になるし。チャリンコに風船括りつけとる。

既に一部はシャッター街になっていたりして栄えているのか居ないのかよく分からん商店街である。繁華街的なものはどうしても熊本市中心部に一極集中してしまうようで。

現在の健軍商店街で最も人で賑わっているのはやたらに多いパチンコ屋。妙に貧乏臭さが鼻につく訳だが、比較的低所得者層の多い地域なんでしょうかね。健軍町には戦後の昭和28(1953)年に白川氾濫による大水害で被災した都心部の住民が一斉に移住、その後も旧三菱重工跡地に公営住宅が続々建てられてきた経緯もある。

特にこういう風景を見てると北九州とか大阪の商店街にクリソツなんですけどね。こんな平日の昼間からパチンコ屋に入り浸るオッサン連中、一体仕事はどうしてるんだ。

パチンコ屋の向かいからアーケードを外れた西側一帯は見事な佇まいのスナック街が広がっている。これも自衛隊の街ならではの発展ぶりだろうか。

全体的に派手さもなく古臭さが否めないがそれなりに地元民御用達っぽい飲食店も多く、そのへんはさすがに熊本の副都心扱いされる土地だけの事はある。

この一帯は「健軍新天街」と呼ばれる飲食店街。健軍町にはその昔赤線地帯があったらしいが、それは現在で言うこの界隈なのだろうか。至って普通のスナック街でしかない訳だが、このへんだけやけに街路が細かいのも気になる。

これまた前時代的にやれた佇まいの食堂に美容室。案の定街角の政党ポスターは公明党のものが多い。

もっぱらこの界隈では健軍町の地名が使われているが住所は「熊本市東区若葉」という主体性に欠けた地名。若葉というよりむしろ枯葉のような雰囲気すら感じますが…古ぼけたタバコ屋の店構えに哀愁を感じる。

健軍新天街から商店街方向を眺める。なかなか素敵な下町風景である。あまり時間も無かったので今回はこの程度で街歩きを切り上げたが、商店街の北東部の広大な公営団地の存在といい見所がまだまだ隠れている気がする。後日また訪れたい。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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