沖縄市照屋にあった赤線地帯「黒人街」の名残りを求めて (1)

沖縄市照屋の寂れた商店街「銀天街」の周りの街並み、かつて米兵の溜まり場だった「黒人街」の成れの果てである。
31-294.jpg
現在は古ぼけた住宅街と化していて、昔黒人兵を相手に商売をしていた個人商店も店を辞めて普通の一軒家に変わっていたりする。クラブやバーが立ち並んでいた頃の名残りか、この付近にもやはりスナックが多い。


31-297.jpg
コンクリートで塗り固められた古いスナックの建物。相当外観がボロい事から見てもおそらく戦後間近に建てられたのだろう。スナックの看板さえなければここが日本の風景だとは思えない。東南アジアの地方の村にありそうな建物だ。
31-295.jpg
スナックの壁には共産党のポスター。「世界一危険な普天間基地」などと煽ってます。さすがです。
31-296.jpg
共産党ポスターに並んで英語教室の看板があるのが沖縄らしい。それにしても相当古い広告である。
31-301.jpg
結局住宅街を一巡りしたら最初にやってきた銀天街のアーケードの端っこまで戻ってきた。やけにでかい建物が左側にあるが、これは昔の映画館の建物。現在はそこに魚屋が入居している。
31-302.jpg
銀天街のアーケードの途切れた辺りもびっしり店舗が連なっている。車社会が浸透するまでは庶民の足は路線バスしかなく、コザを走る路線バスの全てがコザ十字路を走る事から交通の要衝として沢山の買い物客が訪れていたという、その名残りだ。
31-231.jpg
そのまま突っ切ると国道329号(コザ高通り)。卓球場や美容室、靴屋などが並んでいるがどれも営業している雰囲気ではない。
31-215.jpg
それはそうとこの看板も飲食街の名残りですか?よくわかんないけど暇な老人が置いたと思しきお節介な看板があちこちに置かれているのが見える。
31-216.jpg
さらに銀天街のアーケードが途切れた先の道を直進するとかつての「黒人街」で最も盛り場の風情を残す街並みがある。今では事務所に使われているこれらの建物も元々はクラブやバーといった夜の店だった。一部にうっすらと英字で書かれた跡が残っている所もある。
31-217.jpg
「税理士事務所」と書かれた店舗の一部はスナックの入口になっていた。
31-218.jpg
そのまま道なりに行くと半分くらいは住宅街化しつつも、所々店舗の建物が残っていた。緩い上り坂が始まるあたりに道が右側に折れていて、その辺も黒人兵向けの売春宿が立ち並んでいたという。

米国が見たコザ暴動―米国公文書 英和対訳 (KOZAの本)
沖縄市役所
売り上げランキング: 947438
沖縄を撃つ! (集英社新書 415D)
花村 萬月
集英社
売り上げランキング: 246447
The following two tabs change content below.
新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
トップへ戻る