オレンジレンジとチャンプルー文化を生んだ街・沖縄コザ「ゲート通り」を歩く

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沖縄市(コザ)の中心市街地、国道330号の胡屋十字路から米軍嘉手納基地第2ゲートに至る「ゲート通り」は米兵相手の店舗が立ち並ぶリトルアメリカ。

全長500メートル近いゲート通りの両側に英字看板の店がひしめいている。隣接する一番街などの商店街はすっかり寂れているものの、こちらは依然米兵達のハメを外す溜まり場として機能していて街の雰囲気がまるで違う。

どの店も派手な看板をぶっ建てている訳だがその殆どが英字である。カフェもあれば洋服屋もあり。業種は様々。総じて若者向けなノリのものが多い。

特に目立つのがナイトクラブ的な店舗の存在だが、こういう店は昼間訪れてもシャッターが閉まったままで活気の程を伺う事が出来ない。

ちょっと間違えれば大阪道頓堀のノリになってしまいそうな立体キャラクターつきの看板もあり。見たまんま「ドラゴン」なんですね。あとタコとカニが居たら完璧なのだが、それはなかった。

赤と黒を基調としたドギツイ看板が視覚に訴えてくるライブハウス的なクラブの店舗。日本人大歓迎らしいです。え、ここは日本じゃなかったのか?

壁には星条旗と口唇のイラスト。センスは確実に日本人のものではない。横須賀のドブ板通りを思い出すが、コザのゲート通りの濃密さはそれ以上だ。

さぞかし溜まり場として賑わっているであろうゲート通りの歩道上のベンチ。見た事ないけどアメリカの下町も多分こんな感じなのだろう。

割合クラブなどが多いコザミュージックタウン側の歩道から反対側を見ると、そっちは普通に眼鏡屋などもあるのだが、アメリカ人向けの店に負けじと派手な看板と英字表記で対抗しているかのようだ。

洋服屋の店の中を見るとまさにアメリカ人好みのカジュアルウェアで覆い尽くされている。ナンバー入りのユニフォーム好きだよねえ。

昼間から開いているのはこうした服屋くらいしかない。店の内装や建物自体は古くて地味だけど看板だけがやたら派手なのが共通した特徴。

ここも古い店舗の建物に米兵向けの洋服屋が入っているが「中之町カギ店」という古い店の名前が見られる。よく見ると質屋の看板もあるし、それなりに地元民の店舗が残っているようだ。

ゲート通りから入った路地にも僅かながら店舗が見られる。緩やかな下り坂のカーブが始まる手前にあるのは「フィリッピンレストラン」。

アメリカじゃなくて何故か「フィリッピン」な訳なのだが、コザにいる外国人は何も米兵だけではない。外国人の中にはフィリピン人やインド人、中国人をはじめ、移住先の南米からの出戻り組である日系ペルー人なども居るそうだ。コザの実態は多国籍チャンプルー地帯。

ここまで来ると嘉手納基地ゲートに近くなる。アメリカ統治時代の古さを残す「スナック喫茶プリンス」の縦型ネオン看板。沖縄でしか見られない昭和の情景。

そのままゲート通りを歩いて行くと終端まで米兵向けのショップがずらりと続いていた。この先はまさしくガチで日本の治外法権。極東最大規模の米空軍基地が横たわっている。

道路の反対側も米兵向け飲食店が立ち並ぶ。ちなみにコザ市街地には前日の晩に辿り着き、沖縄南インター経由でこのゲート通りを走ったのだが、かなりの数の米兵が通りを闊歩していたのが見えた。この街を「異国」と呼ばずして何と呼ぶのだろう。


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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。

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