茨城県日立市と言えば日本有数の総合電機メーカー「日立製作所」の企業城下町としても知られる街だ。茨城県北東部、水戸市の北30キロの位置にあり人口18万人を数える中規模都市でもある。東日本大震災と津波の被害が酷かった一帯でもあるが、原子力村で知られる東海村が南隣にあったり、北隣の高萩や北茨城は常磐炭鉱で栄えた元炭鉱町だったり、日立市自体も元々は日立鉱山から発展した街でもあり、そんな訳で茨城県北部の街は常に男臭さに満ちている。
そんな日立市の一画、JR常磐線の常陸多賀駅近くにやってきた。日立市の中心から水戸寄り手前約5キロにあり、ここも日立製作所関連の工場が多い。これから目指す物件は駅から南西方向に1キロほど離れた国道6号沿いの場所にある。
茨城県北部住民の主要道路である国道6号線の「塙山(はなやま)十字路」。単に通りがかっただけなら地方都市の何の変哲もない風景でしかない場所であろう。交差点の角にはファミレスのココス、ヤマダ電機といった没個性的な建物があるくらいだ。
しかし交差点の一方に目をやると、見るからにみすぼらしい総トタン張りの平屋建ての掘っ立て小屋ばかりが立ち並んだ異様な空間がある事に気づく。駅前一等地という訳でもないのに、一体何なんだここは…
それらのトタン張り小屋の一軒一軒には個人経営の居酒屋の看板がそれぞれ挙がっている。つまりここは「飲食街」なのである。それはいいが、この強烈な佇まいでのっけから看板が「フィリピン料理」なのが素晴らしい。
塙山十字路角に存在するバラック小屋が立ち並ぶこの一帯、いつ頃からこの地にあるのか詳細は定かではないのだが、ひとまず足を踏み入れる事にした。外観も凄いが中もかなりキテる。砂利敷きの未舗装路地に似たようなブルートタン一色の掘っ立て小屋が密集しているのだ。日立製作所関連会社が多いブルーカラーなお土地柄がトタンの色に反映されているのか定かではない。
面積で言うと約20~30メートルといった所で大した規模ではないのだが、飲食店のあまりの密集具合のせいで生み出される景色が尋常ではなくなっている。これほど「戦後」を思わせる空間がよもやこの土地に残っていたとは…
ここは地元民に「塙山キャバレー」という名称で呼ばれている。外観から「キャバレー」という言葉が出てくる事がまず意外なのだが、そう名付けるセンスは現代のものではない事は明らかだ。これを見せられて「昭和30年代の風景です」と言われても何の疑いも持たないであろう。
入居している店も全て個人経営の小さな屋台に毛の生えた程度の飲食店ばかりである。ざっと見て20数店舗くらいあるだろうか。こんな駅から離れた場所にあるにも関わらず、寂れた感じは全くない。地元民の需要が高いのだろうか。
強烈なトタン張りの外観同様、自己主張の激しい飲食店達。「飲み喰い処 俺の店」とはこれまた単刀直入過ぎるネーミングである。
外壁はブルートタンでほぼ統一されているが店舗の修繕は店ごとにやっているようでトタンの色褪せ具合がまちまちだったり、青以外のトタン板を張っている店もある。内部の路地は2つに分かれていて片方はやたら狭さが際立つが、足元が未舗装なのは変わりがない。大雨でも降ったら楽しい事になりそうだ。
しかしこれだけ飲食街を見回しても肝心な「駐車場」が見当たらないという…場所柄お客は車で乗り付けてくるのがデフォだとは思うが隣接する駐車場は月極で、塙山キャバレー用ではないみたいだし、どこに停めてるんでしょうね…って、やっぱり路駐か。
見た目こそアレだが飲食街の数ヶ所に設置されている共同便所は清掃が行き届いていて好感が持てる。「襤褸を纏えど心は錦」を体現した光景でございます。素敵。
ともかく昼間にここに来ても店は閉まったままなので…日が落ちてからもう一度見に来たのだが…凄い。殆ど全ての店が看板に電灯を点してバリバリ「営業中」なんだもん。焼き鳥やら何やら食い物の匂いが立ち込めて食欲をそそる。
簡易的な建物な故に店内の音もだだ漏れになっていて場の賑やかさをさらに演出しているのだが、どの店からも地元のおっさん客のカラオケが声の大きさを競うかのように聞こえてくる。これはヤバイ。さすがに東京でもこんな強烈なバラック飲み屋街は知らん。せいぜい互角に戦えそうなのは立石の呑んべ横丁くらいですかね。
どうも去年くらいには何のドラマか知らんがロケで黒木メイサとか福山雅治とかが来てたらしいんですが、これだけの場所はロケ地に珍重されてもおかしくはない。駅から離れた場所にあるしそもそも茨城北部に観光で来る事も少ないし、地元民でないとまず来なさそうな飲食街だが、日立市に寄った際は是非行ってみては如何か。
なお、この「塙山キャバレー」を隣接するマンションの最上階から眺めるとこうなる。凄まじい…今回これを見に来る目的だけで東京からわざわざ常磐道をぶっ飛ばしてやってきたが、その価値は充分にあった。
<追記>
塙山キャバレーは2014年1月16日未明の火災で一部全焼したとの事。