先日広島に出向いた時の事、広島も大きな街なんだし、どうせ泊まるならしょうもないビジホよりも味わい深い民宿の方がよかろうと薬研堀界隈をふらふらしていて思い出した「旧東遊郭」の存在。ここになかなか素敵なお宿があった事を思い出して当日電話予約を入れて一泊してきた。
薬研堀の怪しい繁華街を抜けた先の弥生町、西平塚町一帯、ここはかつて旧東遊郭があった界隈で、今でも夜には怪しい客引きが路地の四方で待ち構えているような場所にあるその宿は「一楽旅館」という名だ。一見外観だけ見ると壁が塗り直されていて小綺麗に見えるが、紛うことなき遊郭現役時代からの建物だ。戦後の昭和25(1950)年に開業して、棟続きになった奥の黒壁の建物は後から出来ている。
我々の突然の予約にも関わらず快く承って頂いた。ご主人からこの旅館と地区についてご親切に説明までしてもらって、現在はご主人の母親になるお婆さんが元気なうちはこの宿を続けていきたいとの事だった。売防法完全施行の昭和33(1958)年以降は連れ込み旅館として、高度経済成長期には現場作業員の定宿として、そして現在はお安く泊まれる民宿としてレトロ宿好きな観光客を中心に利用がある。
玄関口から2階に上がる階段、土壁や手すりの質感がたまらない。トイレや水回りなど細かな部分は綺麗に改築されているが、遊郭時代の非日常的空間は殆ど失われていない。
客室には既に布団が敷かれていて、広さ的には6畳間程度と必要最低限のスペースとなっている。そりゃ当初はそういう目的で設計されたものだから、このくらいの広さが丁度いいですわな。凄く落ち着きます。とりあえず着いたのも夜だし暗くて館内を見て回れる感じではないので、その辺は翌朝に回しておく。
ともかく宿の玄関を入った真ん前が吹き抜けの中庭になっていて、池が配されているサプライズな展開は建物の外側だけ見ても絶対に気づかないでしょう。何とも贅沢な空間です。
池の周りを口の字型に囲んだ廊下から足元の池で泳いでいる鯉が至近距離で見られる。突然の来客に池の鯉も心なしか威勢が良いです。廊下側から手すりが一切ないので特に泥酔時には池に落ちないよう注意する必要があります。
吹き抜けの池から空を見上げる。雨露が入ってこないように天井に透明な波トタンの屋根が被せられているが、昔はそのまま星空が拝めたのだろう。昼間は太陽光だけが通り、照明要らずな設計。昔の生活者の知恵が生きている。
一方二階に上がるとモダンなデザインの手すりが中庭の周囲に据え付けられていて、どこに居ても館内の見渡しが良い。
扇子や瓢箪の形に刳り抜かれた飾り窓がまた遊郭時代の名残りを演出している。昭和全開でございます。
瓢箪や扇子の裏側あたりに洗面台やポットなどが置かれていて、向かいがトイレ、風呂は1階部分にある。この辺はリフォームされていてかなり綺麗だ。
部屋は1階と2階に合計10室あって、各部屋に「松の間」「桜の間」「バラの間」などと名前が付いている。各部屋の玄関口、足元には玉砂利が埋め込まれて花柄にあしらわれた模様が見られる。それぞれの部屋で模様は全部違ってます。手作り感満載。
客室内には腰の下くらいの低い位置に顔だけ出せる程度の小さな開き窓がある。やっぱりここから遊女さんが足元を歩く男達に声を掛けていたんでしょうかね。
そういえば、客室内に隠し部屋状態になっていた扉を好奇心に負けて失礼ながら開けてみたんですが…そこは浴室になっていた。狭いながらもきちんと作りこまれた風呂である。ここで遊客が汗を流していった事だろう。もちろん現在は使われておらず、宿泊客は一階の風呂を利用する。
歓楽街の外れにあって、思いのほか夜は静かで必要以上にぐっすり眠り込んでしまった我々取材班。宿との別れ際がなんとも惜しい気になる。
元遊郭の情緒を残しながらも水回りは綺麗で、しかも繁華街徒歩圏という立地条件の良さで宿代は1人2500円というお値打ち価格、非の打ち所もない素晴らしいお宿でございました。広島出張の際は是非とも一楽旅館をお勧め致します。
一楽旅館
広島県広島市中区西平塚町2−19
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