名護市辺野古「イタリアンレストラン」 – 黒木メイサ御用達、座敷でステーキ、全然イタリアンじゃない街の老舗食堂

沖縄本島に多数ある基地の街の中でもとりわけその地名が全国区になってしまっている名護市の辺野古地区。普天間基地の移設先となっていてあれやこれや揉めておる訳で毎日のようにニュースで辺野古の地名が出るのだが実際に辺野古に足を運んだ人間はどれだけいるのだろう。実際には住民1500人くらいしか居ない鄙びた地域で、米軍基地キャンプ・シュワブのお膝元である以外はすっかり寂れきった「アップルタウン(辺野古社交街)」という繁華街の成れの果てのような街並みが残っている。

イタリアンレストラン 外観

そんな辺野古のアップルタウンの片隅に今も店を構える「イタリアンレストラン」にお邪魔した。今では数えるくらいしかない辺野古地区における貴重な外食店の一つである。その外観は米軍統治下の時代に作られたもので現在も際立つレトロさが存在感を放っている。夕方の営業時間にちょっくらお邪魔してみた。

イタリアンレストラン 店内

イタリアンレストランという店名とは裏腹に、そこは今時のイタリア料理の店という訳では断じてない。むしろ土着的な大衆食堂といった風情で、店内の壁には本棚に置かれた大量の漫画本があって、どこがイタリアンやねんと突っ込みたくなるのだが、こう見えてもかれこれ半世紀以上もの歴史がある。意外に広い店内には簡素なテーブル席、厨房に通じる側にはカウンター席がある。

イタリアンレストラン 座敷

奥には座敷席まであってますますイタリアン感は減退する。これはもうヤギ刺しをつまみに泡盛を煽っていても違和感ないテンションである。でも日本人的にはこういう席の方が落ち着く訳で自然と座敷席を選んでいた。アメリカ人なら…やっぱりカウンターに座るんでしょうかね。

イタリアンレストラン 黒木メイサのポスター

座敷席側の壁にはどこかテレビで見た事のある女優のポスターやサイン色紙が何枚も貼られている。そのエキゾチックな顔つきの女優はあの黒木メイサだった。意外な結びつきを感じさせられるのだが、彼女が生まれ育ったのがまさしくこの辺野古の地にあった。どうやら父親はアメリカの軍人だったそうだ。地元に居た頃はこの店によく足を運んで「Cランチ」を食べていたらしい。今でもちょくちょく帰ってくるそうで、もしかしたら本人にバッタリ鉢合ったりするかも知れんな。

イタリアンレストラン メニュー表

古風なメニュー表がテーブルの上に置かれている。米軍統治下の名残りか、この食堂で扱われているのはいかにもアメリカンなステーキだったり、沖縄らしい揚げ物満載のランチだったり、沖縄の古いレストランにはよくある「チャプスイ」なる一品まであって結構幅広い。以前はピザもやっていたようだがメニュー表に大きく✕マークがマジックで塗られていた。唯一イタリアンレストランの名前らしいメニューだったはずなのに。

イタリアンレストラン ニューヨークステーキ

黒木メイサがよく食べていたらしい「Cランチ」にしようか悩んだが結局「ニューヨークステーキ」をオーダーした。ナイフで切りやすい程よい柔らかさの肉、それにイギリス製A-1ソースをぶっかけてガツガツ食べる。座敷で食べるステーキとはアメリカンなのかジャパニーズなのかよく分からない気分である。まあいい。美味かった。

辺野古社交街

辺野古はすっかり鄙びた街ながら、イタリアンレストランの客層は結構学生風の若い男性の姿が多かった。恐らく近くにある沖縄工業高等専門学校の生徒かも知れない。アップルタウンの近くに、集落の規模にはどうにも見合わない巨大な箱物が出来上がっているのだが基本全寮制の高専らしく近所に学生寮も併設されている。高専のあまりの建物の立派さに基地を押し付けられている見返りに建てられたのかと勘繰りたくもなるのだが。

紆余曲折を経て普天間基地の辺野古移設はほぼ決定のようだが、実現の折にはこの鄙びたアップルタウンも様変わりするのだろうか。

イタリアンレストラン

昼総合点★★★☆☆ 3.5

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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