【悲報】沖縄屈指の名建築「名護市役所庁舎」のシーサーが全部無くなってた件

久方ぶりに沖縄本島を訪問した我々ですが、県庁所在地の那覇市から遠く離れた本島北部地域もしっかり再訪してきたわけです。一番の目的は基地移設問題でプロ市民が連日騒ぎまくっている辺野古のキャンプ・シュワブを見に行きたかっただけなんですが、それは別の機会で触れる事にして…

沖縄の珍建築としてはトップクラスの知名度を誇る「名護市役所庁舎」にも再度訪れた。この場所は2011年に当サイトでも一度紹介している。昭和56(1981)年に象設計集団(東京)の手によって作られた珍妙な庁舎は、すぐ脇を走る沖縄のシンボルロード・国道58号を走る観光客の目にも止まる。

本島北部地域に来る観光客の大半は眼の前の国道58号を抜けて美ら海水族館のある海洋博公園だとか古宇利島やら今帰仁城跡なんぞに行って終わるのだろうが、この名建築に足を止めてわざわざ見に来る人間も少ない。市役所が窓口業務を行っていない休日でも駐車場は気前良く開放されている。ちょっと立ち寄って見てみるのも悪くはなかろう。

しかしこの“失われた文明の遺跡”を地で行く貫禄を持つこの庁舎の唯一無二感は、我々が初めて見に来た2011年と比べてもさらに深みを増しているようにも思える。今年2019年で築38年を迎える。人間で言うといよいよ中年と呼べる年頃。そういう意味では感覚的には人間の寿命に近いのかも知れない。

象設計集団が手掛けた建物は名護市役所庁舎ばかりが有名だが、同時期の作品として、関東にも埼玉県南埼玉郡宮代町、宮代町役場向かいの「コミュニティセンター進修館」や東武動物公園東門前の「笠原小学校校舎」なんかがある。でも、この建物の性格的には南国沖縄にあってこそ見栄えする気がしてならない。

庁舎の観音開きの扉に取り付けられた取手もまた奇妙な形をしている。宮代町の進修館にも似たような意匠を見かける。映画「翔んで埼玉」主演のGACKT、二階堂ふみがどちらも沖縄出身だったり、医者に飛行機代を出してもらった学生のお話といい最近何かと縁の深い沖縄と埼玉ですが、名護市役所の兄弟分が気になる方は宮代町にもどうぞ。

庁舎の穴開きブロックを多用した外壁には年月を経てさらに強く絡みついた熱帯植物の数々が生長し続けていて、より一層建物との調和を強めていた。台湾の九份に行って例の赤提灯ズラリの建物を見て「千と千尋みたいだ」とか思わず言っちゃう“ジブリ脳”な方々なら、この庁舎を見て「まるでラピュタみたいだ」と決まり文句を言わせるのに充分の迫力がある。

無駄に庁舎の外側に出っ張ってバリアフリーっぷりを自己主張している長いスロープも健在。ちなみにスロープの手前側にエレベーターが後付けで設置されているので、今となってはあまり出番が無さそうである。

長らく名護市民の自慢でもあった市役所庁舎の建物も、いよいよ老朽化の波に立たされている。この建物に鎮座していた“シンボル”が、いつの間にか姿を消していたのだ。

建物の老朽化でシンボルのシーサー像56体が全て撤去されていた

国道58号に面した名護市役所庁舎南側一面の外壁にちょこんと乗っていたはずの「シーサー像」が全て姿を消していたのである。設置から38年経って、名護市の地域数+庁舎の数と同じ56体の漆喰製のシーサー像が台風や塩害などで次々破損、10体以上が落下する被害を受け、安全のために泣く泣く残りのシーサー像も撤去を余儀なくされたというのだ。

2011年訪問時には健在だったシーサー像の数々。県内の瓦葺職人が一つ一つ手作りで制作したという思い入れの深いものだったというが、奇しくも我々が訪れた2019年3月中に撤去作業が行われたばかり、という事らしい。

それから名護市役所庁舎にシーサー像が復活する予定は今の所ないらしい。撤去されたシーサー像だが、状態の良い10体のみ市内の名護博物館に保管して、残りは全て処分される予定だったものが地元の市民団体に引き取られたという。

珍建築庁舎と向き合い兄弟船感漂う「名護市民会館」

一抹の侘しさを思わせる名護市役所庁舎から国道58号を挟んだ向かいの名護市民会館へ。こちらは市庁舎から4年遅れた昭和60(1985)年築で、象設計集団ではなく二基建築設計室(当時)が手掛けた物件になる。

しかし市民会館の建物もじっくり観察してみると、市庁舎のインパクトに押されてか、デザインが何となく似通っていて、なんだか「兄弟船」のような貫禄がある。

市民会館前の交差点角には「アグーの里 名護」と書かれた、顔つきがやたらと悪い、どでかいアグー像も鎮座する。沖縄のローカル品種豚として良く知られる豚だが、主な生産地は名護市や今帰仁村など本島北部地域ということらしい。


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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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