沖縄本島最北端・国頭村 最果ての奥集落・奥小学校

沖縄本島最北端の集落「奥」まで遠路はるばるやってきた訳だが、那覇市から120キロ、名護市から50キロ余りという立地で周囲には小さな集落が点在するだけで後はジャングルしかないという隔絶された環境は、広い沖縄本島でもここくらいしかない。
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そんな最果ての集落には共同店だけでなく、ちゃんとした郵便局だってある。郵政民営化だかで僻地の郵便局が次々機能停止しているらしいが、この点だけは比較的恵まれているようだ。


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郵便局の向かいには奥駐在所。一応国頭村は名護警察署の管轄内らしいが、あまりに僻地過ぎて仕事らしい仕事はあるのだろうか気になる。たまに事件があると言ってもせいぜいヤンバルクイナの交通事故くらいしかないだろう。
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バス停があるかと思ったら民家の塀にトトロもどきの絵が書かれているだけだった。奥集落にある民家の多くは昔ながらの古い琉球家屋がそのまま残されていて、ある意味沖縄の昔の集落風景が最も忠実に残された場所とも言える。
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郵便局と駐在所がある路地から中に入っていくと奥集落の家並みが眺められる。歩いて回れる程の小さな集落なのでついでに見ていくのが良い。しかしこの日は天候が悪く集落には霧雨が降り注いでいた。
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奥集落は戦後の昭和28(1953)年に道路が開通するまでは全くの陸の孤島で、住民は船で移動していた。当時の共同店の物資も全て船で運ばれていたらしい。戦前にはこれでも千人以上の人口を誇っていたが、高齢化と過疎化で人口減少して今では200人そこそこしか居ない。
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そうやって見ると、原風景的な奥集落の家並みの中にも、空き地や廃墟然とした家屋がちらほら見受けられる。
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もはや山原の隔絶集落にとって過疎化は留まる所を知らず避けられぬ運命かも知れないが、例えば奥集落の南にある安波地区の住民が米軍普天間基地の移転先として揉めている名護市辺野古の代わりにと基地の誘致運動を行っている(→詳細)。
街がゴーストダウンになるくらいなら、いっその事…という話かも知れない。切実な話だが賛否両論だ。山原には既に米軍の北部訓練場があるのだ。
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奥集落は幸いにも「本島最北端」「最果て」という事で分かりやすい地名も相まってにわかに旅行者が訪れる土地になっているゆえ、何軒かの民宿が営業している。奥小学校の前の「ロハス北の宿」、奥橋のたもとにある「海山木」など。
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奥小学校へ通じる路地。一通り集落を歩き回ったが誰一人として村人に会う事もなかった。やはり奥の住民は奥ゆかしいのだろうか…などとくだらない事を考えるが何も出てこない。
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路地の突き当たりに突如開けた土地が出てくると思ったらそこが国頭村立奥小学校の正門だった。人口200人と聞いていた割にはかなり立派な校舎が広い校庭の向こうにそびえている。
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しっかりとコンクリート建てで作られた体育館つきの2階建て校舎。沖縄本島最北端、最果ての小学校、児童数はたったの8人らしい。それでも地元では開校100周年を迎えている、歴史ある小学校なのだ。
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小さな校舎には生徒に向けたスローガン「元気なあいさつ 体験で学ぶ 奥っ子」。さぞかし奥ゆかしい人間に育っていく事だろう。8人だけの小学校なんて、ちょっとだけ憧れるけどな。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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